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電飾輝くホーチミン市、電気は湯水のように

吉井美知子/沖縄大学教授(ベトナム市民社会研究)

2015年03月06日

   吉井美知子さん

 2005年まで12年間住んでいたベトナム南部のホーチミン市を昨年のクリスマスから正月にかけて訪ねてみた。この時期をここで過ごすのは10年ぶりだ。

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 「なんやこれ!」。度肝を抜かれた。夜に中心街へ出かけたら、どの通りにも電飾、電飾、電飾。よく見ると、統一会堂前の目抜き通りのそれは、1975年のサイゴン解放40周年記念の電飾で、クリスマスや正月を祝うものではない。ということは、4月30日の解放記念日までずっと毎晩つけるのだろうか。それにしても、極彩色の電飾が並ぶ光景は、東京や、私の暮らす那覇の比ではない。「たぶんLED使ってないよね。電気食うよね」と心配になる。

 日曜日の朝、郊外の庶民が住む街に行ってみた。およそ外国人が足を踏み入れることのない一角に、細い道路兼市場がどこまでも続き、田舎から流れてきた人々の住む長屋が並ぶ。近辺の工業団地で働いている人たちだ。

日本から原発輸出、知らない人たち

         ホーチミン市の電飾(トー・マイ氏撮影)

 「いまから4年前にね、日本のフクシマというところで何があったか知っていますか」
 「その名前、なんか聞いた覚えがあるけど何があったんだい」というのは工場で荷役をしている38歳のドゥックさん。若いころ故郷のニントゥアン省から移住してきた。

 「じゃあ、貴方の故郷にもうすぐ原発が建つことは?」
 「そんな話聞いたこともないよ、テレビはサッカーしか見ないしね」
 毎年帰省するという実家は、日本が輸出する原発から20キロ圏内だ。

 「地震と津波はテレビで見たけど、フクシマの事故は知らないねえ」というのは縫製工のマイさん、30歳。
 「へえー、タイアン村に日本の原発ができるって。初めて聞いたよ、テレビはドラマしか見ないしねえ」「あの村は水源に近いから放射能で汚れたら大変だよ。何とかしなくちゃ」
 初めて聞いた原発計画の話を本気で心配し始めた。彼女も原発予定地から20キロ圏内の出身で、親兄弟を残してきている。

 地元出身者に原発についての意見を聞くつもりで行ったのだが、何のことはない、原発計画の広報活動みたいになってしまった。あのギンギラギンの電飾に使う電気を、貧しいニントゥアンの田舎から供給することをどう思うか聞いてみたかったのだが。

 ふと気づくと、長屋の狭い通路の頭より少し上あたり、豆電球が多数ぶら下がっている。見れば市場の続く道路の上にも電球が。
 「これなに」と聞いた筆者に、「クリスマスと正月の電飾ですよ」。
 「へえー、電気代はどうすんの」「周辺の比較的お金のある家から電線を引いてもらってます」
 どうやら町内名士の社会貢献の一環らしい。

 ホーチミン市の中心街から庶民街まで、湯水のように使われる電気と、地元では食えないニントゥアンから流れて来る人々。そして、「ゲンパツ」の「ゲ」の字も知らない建設予定地の出身者・・・

 私は輸出元である日本の一国民として大いに責任を感じる。大みそかは大騒ぎのカウントダウンにも白けてしまい、中心街の花火も見に行かずさっさと寝床に入ってしまった。今年は、日本からベトナムへの原発輸出を止めるために何とかしなければ。

     ◇

 よしい・みちこ 京都大学仏文科卒。パリ大学でベトナム語を学ぶ。東京大大学院で国際協力学博士号取得。08年帰国し、三重大国際交流センター教授をへて 沖縄大学教授。ホーチミン市では、ストリートチルドレンの施設運営にあたる。著書に『立ち上がるベトナムの市民とNGO』(明石書店)。共編著に『原発輸出の欺瞞』(明石書店)