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大韓航空ナッツ事件 国民感情くみとった実刑

鞠 重鎬/横浜市立大学教授(経済学)

2015年04月02日

     鞠 重鎬さん

 乗務員のナッツの出し方に怒り、ニューヨークの空港で搭乗機を引き返させた大韓航空の趙顕娥(チョヒョナ)前副社長に2月、ソウルの地裁が懲役1年の実刑判決を下した。日本では、判決の重さに驚きの声も聞かれる。

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 趙氏は財閥創業者の孫だ。創業者は苦労して企業を興し、創意工夫で発展させ、国の経済を引っ張ってきた。2世は、そうした父親の背中を見ながら仕事を学び、経営規模を大きくした。一般的には、庶民と交わって育ち、人々の気持ちが分かる世代と言える。

 3世は幼い時から、オーナー家に忠誠を誓う年配の人たちが、自分に頭を下げる日常に慣れていた。祖父や父が成した富の威勢に頼り、何でも自分の思い通りに なると錯覚しやすい。主に米国に留学し、若くして財閥企業の幹部におさまり、苦労を肌身で感じたこともあまりないのではないだろうか。

 面目の丸潰れを嫌い、自らの無知がさらけ出されると、敏感に反応し、屈辱感にとらわれるのだろう。同世代の若者は、激しい受験戦争をへて大学を出ても、就職難に苦しむ。趙氏と庶民の感覚のズレは、あまりにも大きかった。

 前副社長の怒鳴り声にひざまずかされ、罵倒されながら屈辱に耐えていた乗務員の姿に、人々は自分たちの職場での悲哀を重ねたのかもしれない。堪忍袋の緒が切れ、怒り心頭に発した。そうした国民感情のうねりをくみ取り、検察は求刑を重くし、裁判官は懲役1年の実刑判決を下し、応えようとしたと言えるだろう。

 事件からしばらくたち、人々の怒りは収まりかけているようにみえる。韓国の財閥は、政界、官界、学界、メディア、そして司法まで及ぶ強い影響力を持つ。判決後、すぐに控訴した前副社長側は、あらゆる手段を動員して刑を軽くしようとするだろう。

 日本の大企業は、自動車なら自動車と特定の分野に長く携わろうとする。しかし韓国の財閥は、小売業や街のパン屋まであらゆる分野に進出する。サムスン、現代など10大財閥の売上高が、国内総生産(GDP)の8割余りを占めるとの統計もある。短期間に急速な発展をした韓国経済は、強力な財閥なしには成り立たない。

 朴槿恵(パククネ)大統領は2年余り前、経済民主化を唱えて当選した。しかし財閥の政治への関与は強く、1期5年しかできない大統領が改 革を打ち出しても限界があるだろう。財閥をどう牽制(けんせい)し、産業、雇用構造のゆがみや格差拡大に対処していくのか。大きな課題だ。

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 クック・ジュンホ 横浜市立大学国際総合科学部教授。1962年、韓国生まれ。ソウルの高麗大学、一橋大学で経済学博士号を取得。専門は経済学、財政学。