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戦後70年談話 「心からのお詫び」と中国とロシアへの牽制を盛り込め

柴田哲雄/愛知学院大学准教授(歴史学)

2015年08月05日

柴田哲雄さん

 安倍晋三首相が、戦後70年に際して近く発表する談話についての議論が内外で盛り上がっている。戦後70年談話のあり方を考えるに当たって、私は、改めて戦後50年(1995年)に出された村山富市首相の談話の画期性を確認したい。

AJWフォーラム英語版論文

 1975年、戦後30年の終戦記念日(8月15日)には当時の三木武夫首相が、戦後初めて「私人」として靖国神社を参拝した。10年後の戦後40年には、中曽根康弘首相が戦後初めて「公人」として靖国神社を参拝した。

 三木、中曽根の2人の首相が参拝を通して暗黙のうちに是認した靖国神社の「聖戦」史観(一連の戦争は侵略ではなく、アジア解放のための聖なる戦いだった)に関して、村山談話は「侵略」や「植民地支配」に対する「心からのお詫び」を表明することによってこれを正面から否定した。このため保守層からの反発は非常に強い。

 ところで、靖国神社参拝に強くこだわった小泉純一郎首相が戦後60年となる2005年に、なぜ村山談話を踏襲した談話を出すことを余儀なくされたのだろうか。

 かつて村山談話への強い違和感を公言していた安倍首相が、なぜ「全体として」という留保を付けながらも(報道によると、「侵略」や「心からのお詫び」といったキーワードを忌避しているそうである)、「村山談話を引き継ぐ」と述べざるを得ないのだろうか。私は、村山談話の歴史観が冷戦後の東アジアの国際秩序を支える唯一の共通の価値観となっているからだと考える。

 東アジアでは、冷戦の遺物である朝鮮半島の南北対立、中国と台湾の対峙(たいじ)がいまだに続く。最近では中国が東シナ海や南シナ海で日米と緊張を高めている。東アジアの国際秩序を形成する日本、米国、中国、台湾、韓国、北朝鮮、ロシアは、伝統的文明や宗教のみならず、国家の体制やイデオロギー、そして戦後70年をめぐる歴史観が大きく異なっている。たとえば朝鮮戦争(1950〜53)をどう見るか、その見方は米国・韓国と中国・北朝鮮の間では正反対だ。

 国際秩序を安定させる重要な要素として、勢力均衡と並んで、価値観の共有を挙げることができる。東アジアの関係諸国・地域が、唯一共有できる価値観とは、かつて「侵略」や「植民地支配」という非道を行なった日本に対して勝利を収めたという歴史観だ。

靖国神社参拝を自粛せよ

 安倍首相に対して村山談話をきちんと継承すべきだとする声が米国などからも日増しに高まっているのは、そうした共通の価値観を守るためだろう。私は、東アジアの国際秩序の安定のためにも、安倍首相が「全体として」という留保を付けずに、「侵略」と「植民地支配」に対する「心からのお詫び」を明記して、100パーセント村山談話を引き継ぐ姿勢を示すべきだと考える。またそうした姿勢に疑念をもたれないためにも、今後は首相のみならず、閣僚や与党幹部も靖国神社参拝を自粛すべきだろう。

 さらに私は東アジア、ひいては世界全体の国際秩序の安定という観点から、中国とロシアへの牽制を示唆する文言を安倍談話に盛り込むべきだと考えている。両国は力によって領土・領海を拡張しようとしている。両国はかねてから国内の少数民族に対して抑圧を行なってきた。

 安倍談話のなかで、日本の「侵略」や「植民地支配」に対する「心からのお詫び」に当たって、中国とロシアの「侵略」や「植民地支配(にも等しい少数民族への抑圧)」に対して遺憾の意を示唆する文言を書き加えるのはどうだろうか。安倍首相は村山談話と「同じことを言うのであれば(新たな)談話を出す必要はない」と言っている。ならば、こうした点を談話に盛り込み、新しさを打ち出せばいいだろう。

      ◇

 しばた・てつお 愛知学院大学教養部准教授。1969年生まれ。中国上海市の華東師範大学法政系留学を経て、2001年3月京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。2003年5月博士学位取得。2010年4月から2011年3月までコロンビア大学東アジア研究所客員研究員を務めた。主著に『協力・抵抗・沈黙―汪精衛南京政府のイデオロギーに対する比較史的アプローチ』(成文堂、2009年)、『中国民主化・民族運動の現在―海外諸団体の動向』(集広舎、2011年)、「中国の安全保障とテロ対策」〔梅川正美編著『比較安全保障―主要国の防衛戦略とテロ対策』(成文堂、2013年)所収〕。