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日本型の援助理念 「受け手」の原点にかえれ

佐藤 仁(さとう・じん) 東京大学准教授(資源論)

2011年9月1日

 先の東日本大震災で日本は、毛布から缶詰に至るまで世界160カ国以上の国々から何らかの支援を受けた。そこにはネパールのように貧しい国や、アフガニスタンのような戦乱下の国も含まれる。援助はもはや豊かな国から貧しい国に流れるとは限らない。

 かつての被援助国が援助を送る側に回る動きは近年、特に盛んである。ところが、中国やインドといった新興援助国(ドナー)は西側の伝統的な援助国からは警戒されることが多い。特に中国は、資源確保、自国利益の追求優先などを理由に、やり玉にあげられている。その一方で、政府の途上国援助(ODA)予算が次々と削減されている日本の存在感は薄まりつつある。

 日本の対外援助はどこに活路を見いだすべきか。JICA(国際協力機構)研究所のチームは2009年初め、カンボジアで調査を行った。そこから分かったのは、新興ドナーが日本や欧米ドナーよりも相手国政府のニーズに合った援助を行っていることであった。西側のドナーが保健や教育に集中しているのに対し、カンボジア政府が求めるインフラに資金提供をしてくれるのは中国やタイである。もちろん、新興ドナーは環境や人権などに配慮しないことが多く、その長期的な影響は慎重な吟味を要する。しかし、条件にうるさい西側援助国よりもスピーディーな支援を行う新興ドナーはカンボジア政府に歓迎されている。

 ここで、日本も1950年代後半から60年代にかけては「新興ドナー」であったことを思い出そう。日本は、その商業主義的な援助や統計の未整備を批判されながら、ようやく一人前の援助国になった。それだけではない。日本は世界銀行などから援助をもらう「受け手」でもあった。西側ドナーで本格的な「受け手」の経験をもつ日本は、国際政治に翻弄(ほんろう)されがちな援助を、あくまで相手の立場をふまえて行う重要性を知っている。しかし、こうした被援助経験が今日の援助戦略に生かされているわけではない。

 対外援助は震災復興の足かせではなく、その一部と考えるべきだ。日本は貿易や援助を通じて世界の一部になることで発展した。80年代に援助大国化した日本は西欧諸国と足並みをそろえることに躍起になっている間に、「相手の立場に立つ」という基本を忘れてしまったのかもしれない。これからの新しい援助理念は、小規模ながらも現地に喜ばれ、かつ日本の元気につながるようなものでありたい。その源は、日本自身の経験の中にある。