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【第16回朝日アジアフェロー・フォーラム】 台湾のメディア状況

小笠原 欣幸・東京外国語大学准教授

2011年09月26日

【司会=高原明生・東大教授】

 それでは続きまして、台湾のメディア状況に関しまして、東京外国語大学の小笠原先生にお願いいたします。小笠原先生は恐らく、いや間違いなく、世界一の台湾の選挙の研究者です。私は去年からご一緒して台湾に行ったり、今年は北京にご一緒したりしたんですけれども、どこでも、みんな小笠原先生の話を聞きたくてしょうがないんですね。選挙のことがどこでも気になるわけですけれども、きょうはいつものそのテーマではなく、メディアについてお話を伺うことになっております。

【報告2=小笠原欣幸・東京外国語大学准教授】

 東京外国語大学の小笠原です。今ご紹介いただいた通り、台湾の選挙については、いろいろ細かいお話を含めてできるのですが、必ずしもメディアの研究をしているわけではありません。朝日新聞の台北支局長経験者もこの場にいらっしゃるので、ぜひ補っていただきたいところです。

>>資料はこちらからダウンロードできます。

 まず、台湾のメディアの全般的状況をごく大ざっぱにまとめてみますと、民主化後の台湾メディアは完全な報道の自由を手にし、今や政局を左右する影響力を擁しているが、スキャンダルとか、センセーショナルな報道に流れやすく、事実関係を追求する役割、政策議論を推進する役割は弱い。このような特徴を持っているのではないかと思います。

特徴が明確な台湾の主要4紙

 最初に主要なメディアを紹介したいのですけれども、新聞では聯合報、中国時報、自由時報、リンゴ日報という、この4紙を主要新聞として挙げることができます。リンゴ日報は2003年に創刊されたばかりですが、早くも台湾メディアの中では、販売部数も閲読率もトップに躍り出まして、台湾メディアに大きな衝撃を与える状況が生じています。

 聯合報と中国時報は、もともと与党・国民党寄りの新聞として知られています。基本的なスタンスは似ていますが、最近、微妙に異なるところが出てきました。聯合報は、現在の馬英九総統の対中政策を理念的に支持し、それを支えるような論説、報道の方向へ転換しています。一方、中国時報では、中国報道が非常に増え、中国に関して好意的ということで、少しスタンスの違いがあります。

 自由時報は、野党の民進党、そして李登輝・元総統、台湾独立派に好意的な記事、論説を掲載しています。中国に対しては、共産党に反対、中国自体にも反対ということで、かなり感情的な反応も含め、台湾世論の一端を強く代表しているということができます。

 先ほど少し触れましたリンゴ日報ですが、これはスキャンダルとか芸能、そして社会面ネタが中心です。確かに政治的な論説も掲げてはいますが、台湾の読者の動向を見ていると、リンゴ日報を買ってその社論を読むという人は恐らくほとんどいないでしょう。ですから、社論の傾向を取り上げてもあまり意味は大きくないんですけれども、反共産党、中国に対しても批判的な記事が多い。それから馬英九総統に対しても、批判的な方針を掲げています。

農村では大きいラジオの存在感

 テレビについてですが、多くのチャンネルがあって、競争は非常に激しくなっています。国民党寄りのテレビ局がたくさんあり、民進党寄りは民視と三立という局ぐらいです。民視は台湾語のドラマを毎夜8時に放映していまして、これが結構、視聴率を稼いでいます。

 政治的には重要な点ですけれども、農村や地方で新聞やテレビをどれくらい見ているのかに関心があって調べてもいます。すると、農村で新聞を読む人はほとんどいません。それからテレビも、台湾語のドラマとか、そういう特定のものを視聴し、そのついでに流れてくるニュースも見るということですね。

 農村で情報源として最も多く利用されているのは、実はラジオです。以前は認可を得ていない「地下ラジオ」がかなりありまして、それらは圧倒的に反国民党、それから中国に対しても非常に露骨に感情的に嫌悪感を示し、中国人嫌いとか、そういったものを台湾語で流しています。一般的なメディア紹介では出てこない点ですが、台湾の中では一定の影響力を持っております。

「青」と「緑」に二分される台湾政治とメディア

 台湾政治を研究しているものですから、既成メディアと台湾政治との関係をちょっとご紹介したいと思います。ご存じのとおり、台湾政治は歴史的な経緯と中台関係によりまして、国民党を中心とする「青陣営」と、民進党を中心する「緑陣営」に二分されています。中立を志向する第三勢力は選挙ではほとんど支持を得られませんし、社会的影響力も大きくありません。既成メディアも同様に二分化されていて、青系のメディアは国民党寄り、緑系のメディアは民進党寄りの報道、論説が多くなっています。中国に対しては、青系メディアは反共産党ですが、全般的に中立的ないし好意的でありまして、緑系は批判的です。台湾で「中国に中立的な報道」というと、親中国に見られますので、私が例えば「聯合報の中国報道は中立的」と言うと、ちょっと違和感を感じられる方もいらっしゃるかもしれませんけれども、受けとめ方、感覚の違いはあるかと思います。

 対米、対日関係では、主要メディアは米日の重視で一致していますが、微妙な温度差は当然あります。中国が主張する「一国二制度」による統一を支持する主要メディアは台湾には存在しません。広い意味では台湾メディアはほぼ全体的に、中華民国または台湾が事実上独立しているという現状を支持する立場にあります。けれども、メディア間の競争や対立が非常に厳しいために、そのコンセンサスを固めようという意識は希薄であります。

 数の上では、青系のメディアのほうが多くあります。そして、青系はイデオロギー的に反台湾独立、反民進党です。民進党の陳水扁政権時代も、陳水扁の腐敗とか民進党の統治に関して批判を繰り広げたので、民進党支持者のかなりは、この台湾メディアの国民党寄りの姿勢が民進党政権の敗北につながったという見方をしています。「なにが台湾政治の問題点か」という質問に対して、そういう人たちの多くは「台湾メディアが国民党寄りに偏向していることだ」というふうに答えます。そういったことから、台湾のメディアは偏っていると受けとめられる向きもあるかもしれません。

まず持ち上げて、そして、たたく

 その側面は決して否定できないのですけれども、一方で、メディアにはやはり、高原先生が問題提起されましたように、市場競争の圧力も非常に強くかかっていまして、立場だけで売れるかというと、そういうわけではありません。営業の論理というのがあって、それは党派を超えて働くことが結構多く発生しています。それが象徴的に現れるのは、だれかをまず集中的に持ち上げておいて、それからたたく、と。これがどうやら読者のニーズに合うということで、この手法を繰り返すわけです。相手は与野党を問いません。ニーズがある限り、これをやり続けるということになります。

 この具体例として紹介したいのは、馬英九総統の場合です。2008年の総統選挙前、そして選挙のときも、青系のメディアに非常に高く持ち上げられ、期待感から有権者の支持も集めて、馬英九氏は圧勝しました。就任後は、さまざまな面で有権者の期待に応えられないことが見えるようになってきます。そうしますと、視聴者の関心を引きつけることを考えれば、いつまでも馬英九総統を持ち上げるというわけにはいきません。世論の流れが微妙に変化するところに対応する形で、青系、つまり本来国民党寄りのメディアも、馬英九さんのさまざまな失政や、政権運営のまずいところをどんどん追及していくようになり、早くも就任直後から支持率の低下という現象が生じています。

 そうこうしているうちに発生したのが2009年8月の大水害でした。これによって馬英九さんは台湾のメディアから徹底的にたたかれるという経験をしています。この水害は、集落が丸ごと土石流に流されるなどして、600人以上の死者が出た大災害でした。政府の救援活動が緩慢だったとして、連日、青系メディアからも非難されました。首相に当たる行政院長が辞任に追い込まれ、馬英九総統の支持率も大きく低下して、現在に至っても回復していません。そもそも、1日の雨量が1,000ミリを超えるという、信じられない規模の豪雨ですから、政府がどれだけ責められるべきなのか疑問もあるのですが、やはり多くの犠牲者が出たことに対する国民の憤り、いら立ち、これをメディアが代弁して、スケープゴートのようにたたいたという感があります。

メディアの高い監視能力と追及

 同じようなことが実は陳水扁政権時代にも起きています。この時は、川があふれて取り残された作業員4名を当局が救出できず、テレビカメラが回っているその目の前で4人が流されて死亡するという大変痛ましい事件でした。その時もメディアの集中攻撃で当時の行政院副院長が辞任に追い込まれ、陳水扁政権は、高い支持率を持っていたまさに発足直後でしたけど、この事件を契機に、信頼感が大きく低下するという憂き目に遭っています。

 台湾メディアの監視能力は高いんです。政治家や官僚、政務官らを追及し、政治家を日常的に尾行して、政敵との密会、それから不倫等々、職務怠慢などを暴き出して政局を混乱させる事例が頻繁に生じています。こう見てきますと、台湾のメディアというのは、台湾の政治的・社会的安定にマイナスの影響を及ぼしているとも言えますが、悪いことばかりではなく、不公正や怠慢を正す力量を持ってもいるわけです。政府関係者のいわば特権を悪用するような例がメディアに見つかりますと、辞任するところまで簡単に追い込まれます。例えば台風が近づきますと、中央も地方も防災、救援態勢を強化しますが、メディアが厳しく見張っているので、それ向けのパフォーマンスという面もあるのです。それから、災害が起きますと、議員たちが住民の役に立つ仕事を、と必死になります。これもメディアから追及されるのが怖いんですね。

社会動かす力は、やはり既成メディアに

 台湾メディアの活動もやはり、映像になりやすい、あるいは見出しになりやすいところに集中しがちです。そこから、事実の検証が十分行われない、また、地味な議論が必要な公共政策の形成という点では、メディアはその役割を基本的に発揮できていない、そういう問題点を抱えています。

 さて今度は、インターネットです。台湾でもこの発達により、既成メディアにとっては、部数伸び悩みとか視聴率の停滞、競争の激化など市場環境の悪化が進行しています。フェイスブックとかツィッターなどに代表される個人主体の情報発信がこの先も拡大していくでしょうから、既成メディアには非常に厳しい局面が続くだろうと思います。

 しかし一方で、台湾ではネットの世論が社会を動かす主導的役割を果たしたというのはほとんどないと言えます。ネットで話題になると、既成メディアもすぐに競い合うようにして取り上げて集中砲火を浴びせます。武器用語ですみませんが、火力が強いのはやはり既成メディアなんです。火力が強いとは何かというと、例えば日本の芸能リポーターが当事者につきまとう以上に、それよりも数多いリポーターや記者らが政治家とか官僚を取り囲む形で、ほんとうに仕事もさせないんです。確かにインターネットで大量に投稿があると炎上しますが、集中砲火とか火力の強さということで、それ以上の物理的な力が台湾の既成メディアにはあると思います。

政治家のインターネット活用も進む

 では、政治家がインターネットをどういうふうに活用しているかということですけれども、ホームページ作成に始まって掲示板、ブログ、ツィッター、最近ではフェイスブックと、使うメディアは変わりつつあります。政治家が選挙でインターネットを本格的に活用した最初の例は、2000年の陳水扁でしょう。2008年には馬英九が自転車縦走とか地方宿泊とかをブログで発信して、一定の効果を上げています。ただ、ネットですごく注目されるから得票につながるかというと、例えば去年の台北市長選挙で民進党の蘇貞昌さんはユーチューブを活用してネットでは話題になりましたが、当選できなかったということからもわかるように、必ずしも得票には結びついていません。

 来年1月の総統選挙に向けて、馬英九がフェイスブックを非常に有効に活用しています。ファンはいま100万人に達していますし、馬英九の発言には毎回1万人から2万人の「いいね!」がつきます。蔡英文のほうは、ファン数が40万人で「いいね!」は3千から6千件です。「いいね!」の1万件2万件がどれくらいの数かというと、アメリカのオバマ大統領の発言もふつうは1万とか2万件程度なんですね。オバマ大統領のファンはそれこそ2千万人とか、ものすごい数であることから見て、馬英九さんのフェイスブックは結構、健闘していると言えます。

まず事実を確認し伝える能力の強化を

 最後に、台湾メディアの課題を2点、挙げさせていただきます。

 まず一つ目は、事実を確認する取材能力の強化、これが望まれます。台湾は、民主政治が崩壊すれば台湾自体がなくなる危険と隣り合わせです。この危機感からすると、やはり政治的・社会的な対立や不安には非常に慎重に対処する必要があるのですけれども、概してこういう事案では、事実関係が不明確です。代表的な例としては、陳水扁さんが遊説中に銃撃された事件があります。台湾はもともと、うわさの影響力が非常に大きい社会なので、事実認識の共有は難しいんです。これはもちろん、メディアだけの責任ではなくて、司法もその点では必ずしも機能していなくて、検察とか裁判所も基本的な事実確認がきちんとできていないという問題があります。それだけに、メディアには取材能力を強化して事実を確認し、それを伝えるというジャーナリズムの根本的役割が求められます。

 二つ目は、中国の影響力の拡大にどう対応するかということです。台湾に流入する中国資金は今後さらに増えていきますので、台湾の既成メディアにおいて、広告とか資本提携などを通じて中国の影響力が拡大するのは、まず間違いないと考えられます。既成メディアの市場環境が悪化していく中で、こういう経済的な利益が中国側から出されてくると、台湾メディアは主体性をどう維持していくのか。必ずしも楽観できない状況だと思います。

台湾メディアは中国メディアの灯台となりうるか

 台湾の民主政治は、中国の国内では共産党の宣伝によってその評価が非常に低く押し下げられています。「選挙なんかやったって、結局は台湾みたいにろくなことにはならない」というようなことを、中国の学者から一般の人たちまでも平気で言うことからしますと、この宣伝工作は相当に浸透していると思います。台湾メディアは中国で情報を発信することができませんので、この点では非対称の関係になっています。

 そういうことからすると、中台間の交流の拡大というのは、台湾にとってリスクが増えると心配する人が多いのですが、ただ、そのリスクを抱えると同時に、やはり台湾の自由・民主の価値を大陸の民意にアピールする機会でもあるわけです。その点で、戒厳令、言論抑圧の時代を乗り越えて報道の自由を手にした台湾メディアは、中国メディアの足元を照らす灯台としての役割を、これは期待を込めてなんですけれども、そういうことを果たしていってほしいと思います。簡単ですが、これで終わらせていただきます。(拍手)

【司会】

 どうもありがとうございました。

 私たちはつい、中華ナショナリズム対台湾ナショナリズムという構図だけで、台湾のことを判断してしまいがちなんですけれども、メディアにおいて、やはりコマーシャリズムのインパクトもかなり大きいことなど、それからインターネットの役割が大陸とはだいぶ違うようであるとか、さまざまな知見を披露してくださいました。