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「国史」同士の対話 歴史の和解実現へ第一歩

劉 傑(リウ・ジエ) 早稲田大学教授(近代日本政治外交史)

2011年10月1日

 外交問題にまで発展した東アジアの歴史認識の問題は、論争期から対話期に入った。各国の歴史家たちはこの貴重な安定期をとらえて、多様な学術交流や共同研究を行っている。かつてはほとんどかみ合うことのなかった歴史対話も、世論の沈静化と史料の利用環境の改善にともなって、着実に成果をあげてきた。

 この20年の間、日中両国の中国史研究者、日本史研究者、そして外交史研究者同士の対話チャンネルはまがりなりにも維持されてきた。双方の史料に関する状況や研究方法はもちろんのこと、相手国の社会状況も熟知している研究者同士であるがゆえに、世論の動向を意識した「仲間意識」や、対立を回避しようとする「知恵」が働き、一度構築されたチャンネルを持続させることを優先課題にしてきた。

 しかし日本と中国の歴史対話には、いまだ踏み込めていない、未知の領域がある。自国の歴史「国史」の研究者同士の対話である。彼らはそれぞれの国の歴史学界の最大集団であり、国民の歴史認識に最も影響を及ぼす発信者であるからこそ、彼らによる対話は歴史和解にとっても意義深い。

 その意味から、琉球大学でこの夏、笹川日中友好基金の協力を得て開かれた「日中若手歴史研究者セミナー」は意欲的な試みだった。日本、中国大陸と台湾から30代中心の自国史研究者が23人集まった。5日間に及ぶセミナーは、各自の研究テーマについて発表し、異なる国・地域の研究者がこれにコメントするという形をとった。

 戦前日本の政策決定における政府、軍部、世論の複雑な関係は、「日本」というひとかたまりの概念で日本を見てきた中国の若手研究者にとって新鮮な発見であり、1945〜49年の国民政府の香港政策についての研究は、日本側の研究者に中国近代史研究者の問題関心の広がりと自由な気風を感じ取らせた。清朝の制度改革や現代の戸籍制度の報告は、中国近代史の苦悩を理解し、中国人の歴史認識がどのような文脈の中で形成されたのかということを考える契機になった。日本人のナショナリズムについて、娯楽と関連させながら、初詣の成立の歴史を通して見るという、日本人研究者のユニークな視点は、中国人研究者に日本文化の特徴や日本人の宗教観を考えるヒントを与えたに違いない。

 東アジアの歴史和解は、政治的、社会的な制約を受けているのは事実だ。しかし、歴史家同士の対話は歴史和解を実現するための第一歩である。