現在位置:
朝日新聞社インフォメーション >
AAN >
AAN発
朝日新聞アジアネットワーク

AAN発 朝日アジアフェローのコラムやシンポジウムの詳報バックナンバー>>

中国メディアのいま 冷静な言説 育つ兆しも

高原 明生(たかはら・あきお) 東京大学教授(現代中国政治)

2011年10月29日

 欧米経済の低迷が続き、不穏な気配が世界に広がってきた。その中で気を吐いているように見える中国だが、実は国内の閉塞(へい・そく)感が強まっている。

 物価が上昇する一方で、多くの人々の収入は増えていない。コネや腐敗が横行し、階層が固定化して所得格差は広がるばかり。人々の権利意識は高まったが、幹部の権力乱用には歯止めがない。募る不満が爆発するのか、それともうまくガス抜きできるのか、一つのカギは情報の流通の問題だ。

 今年の春、中国のネット空間に登場した「●●●(●はくさかんむり)」という表現の意味がおわかりだろうか。ヒントは、ジャスミン革命と呼ばれたチュニジアの独裁政権転覆の際、フェイスブックなどの新メディアが活用されたことだ。

 その時、中国ではジャスミンを意味する「茉莉花」という言葉が検閲の対象となった。そこで、検閲を避けるための隠語が「●●●(●はくさかんむり)」。このように、ネット空間では当局と市民とのいたちごっこが続いている。

 他方、7月に温州郊外で起きた鉄道事故では、ネットユーザーの怒りの声を受け、いったんは埋められかけた事故車両が掘り出され、不穏当な発言をした鉄道省スポークスマンが更迭された。この時はテレビや新聞など伝統メディアも鉄道省批判に加わった。

 情報の流通は外交でも重要な問題となる。昨年10月の反日デモの呼びかけは、ネットや携帯電話を通して行われた。その前月、尖閣沖漁船衝突事件の際には、海上保安庁の巡視船が漁船の腹に舳先(へ・さき)をぶつける絵が新華ネットに現れた。愛国主義が絡む問題については、冷静な言説は少数派だ。

 だが変化の兆しもある。今年8月の「北京―東京フォーラム」では、ある新聞の編集長が事実を確認せずに新華社の漁船衝突の絵を転載したことを自己批判した。またこの事件の1年後、普段は扇情報道の多い新聞に、抗日戦争映画が多すぎると日本を仇敵(きゅう・てき)とみなすようになり、健全で安定した日中関係に不利だと訴える記事も現れた。

 ネットなどを通じて個人が情報を発信できる新メディアの普及。ナショナリズムとコマーシャリズムに翻弄(ほん・ろう)されながら、一部のジャーナリストは自立を目指す。ナショナリズムは人心収攬(しゅう・らん)に有効だが、逆に情勢を不安定化させうる劇薬だ。その処方については、中国指導部の中にも不一致がある。

 揺れる中国のメディア。根底には人々の不満の鬱積(うっ・せき)がある。我々も、相手を刺激する不用意な言動でいらぬ誤解を生まぬよう、注意する必要がある。