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自分探しと3本の「ヤ」

沈 小珍(シム・シャオチェン)/アジアネットワーク客員研究員
南洋商報(マレーシア)

2003年4月4日

 21世紀は、出口の見えない暗い「争いの世紀」になろうとしているかのようだ。日本では、やりたいことがはっきりしない若者の失業率が更に増大し深刻な社会問題となっている。若年失業者は欧米諸国でも70年代から大きな社会問題。日本は80年代まで先進国中でも最低の失業率を誇り、諸外国から羨望の目で見られていた。しかし、今や中高年者だけではなく、かつて「金の卵」といわれた中高卒の若者も就職難だ。

 一部経済学者は、若者は自発的に失業しているのであり、自分に合った仕事探しの段階にあるだけで、さほど心配する事はないという。本当にそうなのだろうか。

 人生でやりたいことがないと平然と語る若者に何度か会った。日本が背負ってしまった病理の深さを感じた。就職活動で「適職が見つからない」といって「自分探し」の迷宮に入り込んだ学生。就職後短期間で転職を考える人も少なくなく、大学新卒者の3割が3年以内に就職先をやめるという。たった一度の人生で自分は一体何をやりたいのか分からない。高校、大学を通じて何を学んできたのか、それとも何も考えずに遊んでいたのか。「自分探し」をいつまでも続けるのは自立できないままの「就職逃避」ではないのかと思ってしまう。

 ある就職アドバイザーによると、自己分析には3本の「ヤ」が大切だという。(1)やりたいことは何か(夢)、(2)やってきたことは何か(実績)、(3)やれることは何か(現実)。これらの一つが欠けてもダメだという。

 10年前、JICA(外務省組織)のシニア・ボランティアとして飯田誠示氏がマレーシアで日本語を教えていた時、私は氏に日本語を学んだ。57歳で大学を卒業、会社役員を辞めて日本語教師となり、マレーシアやボリビアで教えた。10年後の今は、個人の立場で年金の半分を使い、タイ北西部の山村で貧困学生と合宿して日本語や日本文化を教え、更に20名に奨学金などを給し勉学を支援している。生活のためだった会社人生を「第二の人生」とし、自分が望んだ現在のボランティア人生を「第一の人生」であると言う。つまり生き甲斐あってこそ真の人生であるという。

 若者は学校で何を学んだのか、自分は何がしたいのか、何ができるのかをまずじっくり考えてみる必要があるのではないだろうか。企業の大小だけを基準に求職するから入社3年で脱落するのだ。何を学んできたのか、人生のゴールデンタイムに目標もなく遊んでいたのではなかったか。就職難を云々する前に、考えるべきことは多い。若いときに定職を持たず技能を身につけなかった人たちが、中年になって能力を発揮するのは難しい。

 マレーシアの華人は現実性の強い民族だといわれている。「若い頃の苦労が身になる」。高校生は学校の休みにパートをやる人が多い。親からもらったお金が不自由だということもあるが、仕事の経験蓄積を狙う人も少なくない。高校卒業後、しばらく仕事してその後勉強を続いていく人も多い。これからの人生でいろいろな困難や挑戦に直面すると予想されるから、経験を積もうと、しのぎを削ずるのである。

 マレーシア人の第二の人生といえば、仕事せず、家族そろって孫遊びなどで晩年をゆっくり過ごすのが楽しみだ。若者は仕事や自分の家庭づくりのため親と別れるが、給料の一部分を渡して親孝行する。大都会で働いている若い夫婦は親に子供の面倒を見てもらう。「子はかすがい」というより、孫が三世帯のかすがいになっている。日本人は成人になったら、親と完全に別居してしまうのが普通だ。日本の老人は、子供の邪魔にならないようにがんばっているようだ。

 日本人は価値観が変わってきたとよく言われている。第二の人生を一足飛びに実現しようとしているのではないか。若者は第一の人生を大事にしなければならない。ちゃんと自分を探し、自分の道を歩む。いろいろな役割を果たして日本の将来像を探っていくのではなくてならないだろう。

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 沈小珍(シム・ショチェン) AAN客員研究員(マレーシア)。マレーシアの有力華字紙・南洋商報の記者。03年2月から3カ月間、朝日新聞アジアネットワークで研修。「ルックイースト」政策が再検討されていることから、日本の将来像を取材・研究。