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ベイ・グギン/アジアネットワーク客員研究員
(韓国・東亜日報経済部記者)

2003年7月15日

 どんな都市にも「顔」がある。長い歴史に恵まれた都市、新しく作られた都市――そこに住んでいる人々、あるいは設計した人の哲学が「顔」を織りなしている。その都市の味わいがその国をもっとも豊かに映し出していると感じられるとき、その都市はその国の大切な「顔」の一つといえる。

 日本の「顔」はどこに見いだせるのだろう。東京はその「顔」だろうか。東京に来て2ヶ月、残念ながら、そうは思えない。以前にも出張でたびたび来ていたから新鮮味がなかったこともあるが、何よりも、東京が世界のどこにもある現代都市だからだろう。東京に住んでいる人々さえ、私には、世界の大都市のどこででも出会える「既製品の都会人」に感じられてしまうのだ。

 外国人で田舎出身である私が日本の真の「顔」に出会ったと思ったのは、地方、とりわけ田舎であった。情の深い人々と日本そのままの自然に恵まれた風景、歴史と物語が息づいている町。そこに立っていると、懐かしい気までしてくる。

 最近青森に行ってきた。韓国・光州の街が思い出される「懐かしい」都市であった。方言のアクセントは韓国・江原道のそれに似ている。簡潔な物言いは慶尚道のそれに似ていた。人の言葉に深い情と親しみが感じられた。明治維新以来、軍部・官寮主導で戦争と侵略の道に駆り出された悲しい日本庶民の顔は、青森で見かけた人々の顔ではないかとも思った。青森には「ねぶた祭り」(起源は「眠たい」:長い冬からの睡魔を追っ払うねむり流しの行事)があって、津軽塗という伝統工芸品を守る人もいた。みんな、それなりに、恵まれた自然を呼吸しながら純朴な生活を引き継いでいた。

 同時にまた、皮肉なはなしだが、青森で現代日本のジレンマの縮小版を見てしまった。

 青森・六ヶ所村には原子燃料サイクル施設と低レベル放射性廃棄物埋設センター、ウラン濃縮工場が並んである。みな、現代文明の必要悪とされる危険な施設である。地域市民団体の反対運動は今も続き、政府の釈明と裏腹に打ち続く原発事故はその潜在する危険を示している。

 静かな青森がその危険にもかかわらず、原子力関連開発地域への変身を選択したのはなぜであろうか。高度経済成長期の競争に取り残された「負け組み」の尾を引きずっているからか。あるいは一番にぎやかであるはずの時間にもタクシーの長い客待ちの列が告げる地域経済の厳しさが追い立てたのか。

 原発先進国では放射性廃棄物の処理がますます頭痛の種になっている。どこかの地域で廃棄物施設を受けらざるをえない。日本では、人口が少なく東京など中心部から遠く離れた青森がその役割を担っているのであろう。平安と危険、自然と科学、伝統と発展の危ない同居が静かに試みられているのだ。

 いま青森県は、核融合エネルギーITER(国際核融合実験炉)の誘致を表明し、その成功に全力を挙げている。ITERは従来型の原子炉より安全、効率的な未来型の発電施設だという。歩いてきた道を戻ることはできない。青森県がITERの誘致に成功し、人間と科学の明るい共存への道を順調に開いてくれることを心から祈っている。

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 ベイ・グギン AAN客員研究員(韓国)。韓国・東亜日報の経済記者、21世紀平和研究所の研究員兼務。現在、朝日新聞アジアネットワークで研修中。日本経済の取材研究を通して日本とアジアの将来像を探る予定。