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文明・市民の条件(1) 日本人と秩序観

金 星光(ジン・シンガン)/延辺日報記者、前AAN客員研究員(中国)

2004年6月9日

 東京は日本橋富沢町の久松公園。小さな休息娯楽場所だが、園内の芝生に、市民への「お願い」があった。

 「犬を放さないよう、フンは飼主が必ず始末しましょう。ボール投げ、バット振りなど危ない遊びはやめましょう。芝生や植込みに入らないようにしましょう。ゴミはくずかごに捨てましょう。みんな仲よく遊びましょう」

 大きい公園、小さい公園、道端の休息所、よく見るとどこにも似たような「お願い」があることに気が付く。(「ここの××は禁止、違反者には罰金××」と書いてある中国の公園の命令式規定より柔らかい。それに、もっとやさしく、詳しい)

 日本に来たばかりのある朝、久松公園で60歳の松野さんに会った。ベンチでたばこをくゆらせていた松野さんは、「お願い」を読んでいる私が外国人と知り、解説してくれた。

 「市民として守るべき最も基本的な規則です。こうした基本が守られてはじめて、あらゆる社会の秩序が成り立つ。つまりは、これらが秩序の土台なんですよ」

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 寺社仏閣観光で有名な古都、鎌倉市を訪ねたときのこと。きれいな女性が道端の芝生のなかでビニール袋に連れの犬のフンを拾い入れていた。千葉県八千代市に住んでいる中国留学生の崔さんを訪ねた時も、犬を連れて散歩していた40歳の女性が犬のフンをビニール袋に回収するのを見かけた。目を疑った。(中国ではぜんぜん想像できないことだった。そのまま放置しても大丈夫、犬のフンを踏み込んだ人があったら自分の目を嘆くべきだというのが中国式。)

 交差点の横断歩道。赤信号になると、渡りたい人々でもすぐ停まり、青信号まで我慢強く待つ。信号のない横断歩道、あるいは横断歩道のないところで人が道を横切っているとか、そうしようと思っているのが見えると、走っている車は大抵止まって、横切るまで待ってくれる。

 それだけではない。道を歩いていて、たまに後ろから車がゆっくりついて来るのを見かけることがある。歩行者の足がどんな遅くても、また歩行者がなかなか後ろの車に気が付かなくても、運転者はあまり不快な顔をしない。それに、こんな時や混雑した道で、警笛をがんがん鳴らすなどということはない。(中国でよく見かける、人と車の道の争奪と対照的な現象。中国の運転者はすぐ腹を立て、警笛を鳴らすとか窓から顔を出して「死にたいのか?」と怒るのが普通だ)

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 日本人が一番使う交通手段の一つが電車である。電車利用のピークは、通勤、通学時間帯。駅に行くと電車を待つ人たちが約束したように列を作っている。駆け込みは危ないのでやめましょうと忠告が張ってある駅のプラットホームで、みんな自覚的に列をつくるし、電車が着いたら整然と次々に乗る。押し合いへし合いや駆け込みする人はあまり見かけない。(故郷のプラットホームの景色が思い出された。列車が到着すると、我先に乗ろうと誰もがドアに殺到、押し合いへし合いする。係員の制止にもかかわらず力の強い人が優先だ。間違いなく激しい「戦争」だ)

 桜満開の3月28日朝、東京都心にある代々木公園へ出かけてみた。公園の広場では大勢が家族や友達と遊んだり、食事をしたりで大にぎわいだった。その一角に、男女数十名が二つの長い列を作っているのが見えた。何のゲームかとずっと列の先を見ると、外観の良いトイレが見えた。公園で散歩しながら見ると、あちこちのトイレに同じような列ができていた。天気のいい日、それに休日だから、人が特にたくさん集まり、不便なところもあるけれども、みんな秩序を守るのを忘れていなかった。東京都の新橋演舞場の前も同じだ。お年寄りに人気がある日本の伝統劇が公演されるたび、四方から集まったお年寄りが、開場と同時に、列を作って次々に劇場に入っていく。

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 日本でよく聞く言葉の一つが「すみません」である。通路の曲がりで急に突き当たったら、お互いに「すみません」と言う。どちらの間違いかを問う必要はない。自分が相手の行く手を遮った、相手に不便をかけたわけで、素直に「すみません」と言うのだ。

 会社の喫煙室のテーブルにはそれぞれ3,4個のいすが配置されているが、私が座ってタバコを吸っていると、後で来た人はできるだけ他のテーブル、誰もいないテーブルに行ってタバコを吸う。もしそこにも誰かがいたら、立ったまま吸うとか、あるいは本当にすまない表情で同席する。その時やはり「すみません」と言う。もし私が自分の前の灰皿を二人の真ん中に移すと、相手はやっぱりすぐ「すみません」。迷惑をかけてごめんなさい、「私が来なかったら、あなたは安心してタバコを吸えるのですが・・・」という表現なのだろう。

 道を歩いていると、たまに歩きながら携帯で通話する人を見かけるが、人通りが多い駅の地下とか電車の中では、携帯でしゃべる人をあまり見かけない。電車の騒音で通話がしにくいこともあるけれど、主な理由は隣の人たちに迷惑をかけるからだ。その時、まさに携帯メールが使える。

 もう一つ、電車の中では脚を組んで座っている人がほとんどいない。横の人の衣服を汚す心配があるからだ。東京・人形町駅A4出口通路の壁には、電車内で座っている人たちがみんな脚を組んで座って互いに衣服を汚し合う大きいなポスターがはってあるが、通行人にマナーをアピールするのに充分効果的なポスターだと感心した。

 会社や団体も消費者に不便をかけないようにマナーに気を配っている。道路で下水管などの工事がある時は、関連会社は数日前に工事区間と時間帯を詳しく知らせて、日常そこを通る人々が迂回できるように情報を提供している。

 このように、日本人はいつも他人に不便、迷惑をかけないように気を配っているのである。他人を思うきれいな心がそこにある。守るべきこんな基本を中心に社会の秩序が確立されているのだと思う。

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 国家や都市の文明度は、その秩序観の有無に反映されるというが、日本人の秩序観はとても繊細である。