現在位置:
朝日新聞社インフォメーション >
AAN >
新刊から
朝日新聞アジアネットワーク

新刊から バックナンバー>>

相互理解を促すニューウエーブ

『国境を越える歴史認識 日中対話の試み』 劉傑ほか編 東京大学出版会・2940円
評者・高原明生(東京大教授)

2006年6月

 歴史上、加害者と被害者に分かれた人々の間で歴史認識を一致させることは難しい。例えば広島と長崎への原爆投下をめぐっては、多くの米国人と日本人との間で見解が異なる。それほどの相違はないだろうが、日中間に確かに存在する歴史認識のずれが、しばしば政治問題化してきたことは周知の事実だ。

 本書は、30代や40代の比較的若い歴史家が中心となり、近現代史における代表的な争点を日中双方の観点から解説した論文集である。取り上げられたのは、琉球所属問題や義和団事件、日露戦争、田中上奏文、南京での大虐殺、汪兆銘政権、歴史教科書、台湾の日本統治時代、靖国神社、戦争賠償と戦後補償など、いずれをとっても彼我の認識上の深い溝をはらむ大きな問題ばかりだ。

 11名の著者たちは、こうした難問に対し、わかりやすく効果的な一次資料を随所に示しながら、事実をもって日中双方に存在する認識の誤りを正していく。日中間の歴史認識問題が最近始まったものではなく、実は19世紀の東アジア近代以来の課題だという指摘には、目を見開かされると同時にため息も出る。「両国の人びとが対話を始めるための環境整備の一助となる」ことをねらった本書の意義は確かに大きい。

 そう言いうるのはなぜか。この本が画期的である所以(ゆえん)は、日本と米国にいる3名の中国人学者が参加したことに留(とど)まらない。実は、中国社会科学院に直属する社会科学文献出版社から、本書の中国語版が同時出版されたのだ。

 中国共産党の見解と異なる観点の提示がなぜ認められたのか。本書によれば、中国の学界では階級闘争史観に代わり、近代化やナショナリズムから歴史を説明する傾向が強まっている。共産党政権の正統性が、革命の実現から中華の復興に変わったのだ。

 だが変化は単純ではない。中国当局は最近、自国の歴史教科書批判を載せた刊行物を停刊させた。その一方で本書を容認した背景には、歴史事実を共有する自信の高まりと、日中関係の発展を図る外交上の気運があるのだろう。