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中国言論界の生々しいドキュメント

『『氷点』停刊の舞台裏』 李大同著、 三潴正道監訳、日本僑報社・2625円
評者・高原明生(東京大教授)

2006年7月

 中国のメディアというと、独裁を維持するための宣伝装置を思い浮かべる人も多いだろう。確かに共産党の情報統制システムは健在だ。党の政策方針を逸脱した言説がないか、新聞や雑誌のみならずインターネットにも当局の目が光っている。しかし様々な通信手段が発達し経済や文化のグローバル化が進んでいる今日、いつまで人々の本音を抑え込むことができようか。

 本年一月、有力な全国紙の一つである『中国青年報』の週刊付属紙『氷点』が停刊を命じられた。そのきっかけは広州の中山大学の教授による中国の歴史教科書批判を掲載したことだった。教科書が義和団の残忍な犯罪行為を非難しないことを取り上げ、中国と外国との紛争では中国が必ず正しく、反列強、反西洋人すなわち愛国だと教えることは非理性的な排外主義をもたらすと喝破した論文だ。本書は、同文の掲載から停刊、そして関係者の処分と復刊までの顛末(てんまつ)を前編集主幹が赤裸々に語った記録である。

 10日間で一気に書かれた本書には、残念ながら中国の統治機構など日本の読者向けの背景説明がやや不足し、それが故の誤訳も散見される(本書には中国語の原文が付く)。しかし問題の本質は明瞭(めいりょう)だ。40年前の文革開始との類似性を突かれて共産主義青年団の第一書記が絶句するなど、数々の生々しい会話記録には圧倒的な迫力がある。本書は中国での発行を禁止されたというが、メディアの実情を内側から明らかにした衝撃はそれほど大きいとも言えよう。

 中でも興味深いのは、統制する側も報道する側もネット上に現れる反応に敏感であることだ。言論の自由がない状況で民意を知るには、匿名の書き込みに頼らざるをえない面がある。だが激しくなりがちなネット上の言説が「世論」とみなされるのならば、その危うさは言うまでもない。

 今回、憲法と党規約に書かれた権利を楯(たて)にした著者の抵抗は実らなかったが、世界に向けた発信力はもはや抑圧されえない。狭い地球の大きな国で、自由を求める言論人と権力とのあつれきは今後一層激化することだろう。