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時流に流されない、勇気ある議論

『資源争奪戦を超えて:アジア・エネルギー共同体は可能か?』 小森敦司著、かもがわ出版・1050円
評者・堀井伸浩(九州大学経済学研究院准教授)

2007年11月

 本書評を執筆している2007年10月31日のNY市場において、WTI(West Texas Intermediate:アメリカ標準油種)の先物価格は取引時間中に94.74ドルの過去最高値を更新し、終値も94.53ドルとなった。2005年にゴールドマンサックスが「原油価格は105ドルを付ける可能性がある」という分析を公表した際には、大方の反応が(懺悔を込めて言えば、評者もその一人であった)「それはちょっと…」と失笑するというものであったが、目下の状況では十分に射程範囲に入ってきたと言える。2005年夏から2006年夏にかけて70ドル台に急騰したWTI価格も、2007年1月には50.48ドルと2005年5月以来の安値に落ち着いたため、巷の石油市場ウォッチャーの多くも2007年の原油価格を高値で65ドル前後と予想していた。しかしそうした予測は完全に外れ、ほとんど2倍に高騰する結果となっている。

 ことほどさように原油価格の推移を予測するのは難しい。このように原油価格が高騰を続ける状況が続くと、何か対策を講じなければという動きが当然出てくる。しかしその対策は果たしてきちんと中長期的な戦略に基づいて考えられたものなのか、右往左往した挙句、ほとんど合理的な判断なしに反射的に飛び出てきたものではないのか、こうした疑問を小森氏によるこの本は突きつけている。

 この本は、筆者が2006年4月から1年間、朝日新聞社内に設置された社内シンクタンク、アジアネットワークで「アジアのエネルギー協力」をテーマに複数の専門家とチームを組んで調査・研究した成果が盛り込まれたものである。評者もチームの一員として参加の機会を得て、1年間一緒に同テーマについて考えてきた。活動を始めた当初は原油価格が高騰する状況の下、マスメディア(公平に言えば、朝日新聞も含む)のほとんどが「日の丸原油」復活を唱える状況であった。特に隣国の中国がすさまじい勢いで原油輸入量を増やし、海外での中国石油企業による石油開発を進めている状況があり、日本も負けてなるものかという雰囲気が蔓延していた。

 筆者はこうした雰囲気を、原油価格高騰が不安をあおり、各国が「資源争奪症候群」とでも呼ぶべき熱病にかかったようなものであると喝破する。そして冷静に状況を分析し、この熱病を治療する処方箋を描いたのがこの本である。

 この本は当時も、そして今になってさえ、常識として語られることのない事実をいくつも正確なデータに基づいて指摘している。いくつか例を挙げれば、「東シナ海の石油・ガス資源は極めて小さく、そして日本から遠い」、「日本は2030年までほとんど石油需要は伸びず、横ばいとなる」、「東南アジアでは国境を越えた様々なエネルギー協力が既に始まっている」、「中国がインドネシアから輸入するLNGは実は日本が引取りを断って、中国の関与がなければ生産が行われなかった」、「ビジネスは中国を巻き込まずには成立しえず、エネルギープロジェクトも中国が台風の目となっている」、などである。

 そうした事実を踏まえ、筆者は不安と相互不信に駆られた資源の囲い込みには百害あって一利なしとし、協力こそが資源の安定供給、ひいては価格の安定化に最も効果的であると提言をする。その目線の先には、アジア・エネルギー共同体を見据えている。

 この本で展開されている論の運び方は緻密である。しかし現在も、「資源争奪症候群」にうなされた感情的な言論は依然として幅広く見受けられる。原油価格が更なる高騰を続ける現状では、更に重症な患者が出てくることが懸念される。目先の価格高騰にうろたえて近視眼的な対症療法を講じることは国家百年の計を損なう。そのような今こそ、解毒剤としてこの本が広く読まれることを期待したい。そして価格高騰に狼狽するばかりでなく、どっしりと腰を据えた本当の意味での戦略的なエネルギー安全保障の議論が始まることが望まれる。この本はその出発点となるだろう。