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『秘録・日韓1兆円資金』 小倉和夫著 講談社(1700円)

日韓の難交渉、未来への教訓に
80年代、全斗煥政権との1兆円支援交渉、小倉和夫・元大使が詳細を公開

2013年3月26日

 駐韓国大使を務めた小倉和夫さんが、1980年代初めの韓国・全斗煥(チョン・ドゥファン)政権との経済協力交渉をテーマにした「秘録・日韓1兆円資金」を出版した。朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が79年10月に側近によって暗殺された後、クーデターで登場した全大統領は、日本に対して100億ドル(約1兆円)の経済協力を要請した。日本は、すでに途上国を卒業しつつある韓国からの巨額な援助要請に驚き、交渉は難航した。当時、外務省の北東アジア課長として実務を担った小倉さんが、著書で交渉の詳しい過程を初めて明らかにした。小倉さんに聞いた。(朝日新聞記者・桜井泉)


政治家、官僚、メディア〜全体像を描く

  外交文書や政治家の回顧録などを資料として用いたノンフィクションですが、ところどころに政治家や官僚たちの動きを鮮やかに描写しています。

  当時の私のメモ、情報公開法で請求した日本の外交文書、政治家の回顧録、新聞、元外交官へのオーラルヒストリーなどを資料としました。しかし学術的な内容だけでは、一般の人に読まれません。かといって一外交官の回顧録となると、あまりに主観的なものになる。そこで、肝心かなめの部分は客観的な資料で書き、それを取り巻く状況として私の主観的な体験談をいれ、登場人物の心理を描いた。

 外交交渉は、両国の外務省だけがプレーヤーではないので、過去の外交文書をひもとくだけでは分からない。政治家、官僚、メディアがどうもつれ合ったか。全体をとらえないと、本当の姿は分かりません。

強かった「しがらみ」

  昨年来、日韓関係は、日本軍慰安婦問題や竹島(韓国名、独島)問題で揺れています。過去の日韓関係に関する著書を出す意味は、どこにあるのですか?

  この交渉は、両国の「しがらみ」の強さを表すシンボルでした。韓国側が要求した100億ドルは、経済的にみて無理がありました。難問を、日韓がどう処理したか、その過程で世論がどう反応したか、両国の国内政治がどう絡み合ったかを研究すれば、未来への教訓が読み取れます。交渉の表舞台と裏舞台を観察すると、日韓の隠れた部分がよく理解できる。交渉では、相手の主張の裏の裏まで読み、裏の裏の策まで考えなければなりません。交渉から30年後の今日も、依然としてある日韓関係の「しがらみ」とは何か、それを解く方法は何かを考えるうえで大いに役に立ちます。

  日韓の「しがらみ」とはどういう意味ですか?

  日本の植民地支配や豊臣秀吉の朝鮮侵略などは、歴史問題だと言われる。しかし、英仏は何度も戦争をしたが、今はどうでしょうか? 過去の歴史の問題が、永遠に残るものではありません。

 そこには、日本と韓国の国家としてのあり方が関係しています。韓国は、日本が敗れ、滅びたことで生まれた国家です。韓国存立のアイデンティティーは、「反日」と深く関係している。一方で、日本は過去にアジアを侵略してきただけだ、と断罪されたら日本の生き様は成り立たない。戦前も戦後も、アジアの多くの国を助けた面もあります。

 中国との関係も同様です。日本のあれだけの経済援助がなければ、今の中国の発展はありません。しかし中国共産党はその存立の意義から言って、それを認めることはできない。それぞれの国家のアイデンティティーと過去の歴史が結びついています。それがしがらみです。

両国共通の問題、ともに対処を

  日韓関係の現状をどうごらんになりますか。

  キムチ大好きな日本人も増えた。韓国では、AKB48のファンの若い人もたくさんいる。しかし問題が起きれば、日本国民はたちまち韓国嫌いだと言う。文化交流を通じた相互理解は、100年、200年の長い歴史では重要です。しかし、5年、10年の単位でみれば、戦略的な国と国との関係が、決定的に重要です。戦略を立てる政治家のリーダーシップが問われます。

  安倍晋三政権、朴槿恵(パク・クネ)政権がそれぞれ誕生しました。新しい日韓関係をどう構築したらいいのでしょうか。

   両国とも経済が発展し、社会的にも成熟した国どうしですが、環境問題、少子高齢化など共通の問題に直面しています。こうした問題に対処する方策をともに探るべきでしょう。まずは、日韓で経済連携協定(EPA)を早く結ぶこと。対北朝鮮政策でも、日韓の利害は共通です。

日韓1兆円交渉とは

 韓国の全斗煥政権は発足直後の1981年4月、日本政府(鈴木善幸首相)に年間20億ドル、5年間で計100億ドルという巨額の経済援助を要求した。その理由として「自由陣営の要として国家予算の35%を国防費に費やしている」とし、経済だけではなく安保上の理由も持ち出した。日本側は、韓国が開発途上国を卒業しつつあるとして巨額の援助の根拠が乏しいこと、さらに「国防予算の肩代わりをせよ」とも受け取れる要求は、軍事協力の色彩を与え、日本の専守防衛の精神に反するなどとして反発した。82年夏には教科書問題も起きるなか、交渉は困難を極めた。外交当局者だけではなく、政治家の命を受けた瀬島龍三(元陸軍軍人で戦後は伊藤忠商事会長を務めた)ら日韓の密使が動き、行き詰まった交渉を先へ進めた。83年1月、前年11月に登場し、関係改善に意欲的だった中曽根康弘首相が韓国を訪問し、40億ドルの経済協力で決着した。


 おぐらかずお 1938年生まれ。外務省入省後、文化交流部長、経済局長などをへて駐ベトナム、韓国、フランス大使を歴任。2003年から2011年まで国際交流基金理事長を務めた。