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『韓国のグローバル人材育成力』 岩渕秀樹著 講談社現代新書(780円)

韓国経済や企業の成功の源泉は何なのか?
激しい競争社会の現実を描く

2013年6月14日

 文部科学省に勤める岩渕秀樹さんは、2007年から約3年間、ソウルの日本大使館の初の科学技術担当書記官として勤務した。韓国経済の発展と企業の成功ぶりは日本でも広く知られ、書店に行けば「サムスンに学ぼう」「韓国経済成功の秘密」といった本があふれている。しかし、表面的な分析ではなく、「韓国の競争力の源泉、成功を生んだ根源的な力とは何なのか」を知りたいと、岩渕さんは、各地の小学校、高校や大学などを訪ね、教師や若者ら多くの人から話を聞き、「韓国のグローバル人材育成力」を著した。(朝日新聞記者・桜井泉)

 岩渕さんの頭に浮かんだのが、日本企業の世界への躍進を背景にアメリカの社会学者、エズラ・ボーゲルが1979年に著した「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だった。それは、「たんなる日本企業の経営論ではなく、教育制度や宗教など広く文化を分析。日本のいいところを真剣に学ぼうとしたものだった」という。

 実は、これまで韓国の公務員こそ、日本の政策や制度のいいところを真剣に学ぼうと努力してきた。日本と韓国は、教育や大学、法律など制度が似ており、文化的にも近いから、いいお手本となった。「ならば日本人も、韓国で成功したこと、失敗したことを学ぼうではないですか」

 岩渕さんは、できるだけ現場に足を運び、帰国後も休暇をとり、韓国に向かった。「韓国モデルなんてない。ひたすら多くの人に会い、現場を踏むのがいい」と、韓国の尊敬する先生に教えられたからだという。

「スペック」〜激しい競争社会

 韓国は、激しい競争社会だ。こどもたちは、放課後になると毎日のように、英語、美術、水泳、テコンドーなどの習い事に通う。小学生や中学生の英語圏や中国への留学もさかんだ。短大を含めた大学進学率は、8割を超える。なかでもソウル大学やソウルのほんの一握りの私立名門大学を目指す受験競争は過酷だ。

 大学に入ってからも競争は続く。そうした激しい競争を象徴する言葉が「スペック」だ。仕様書を意味する英語のスペシフィケーションに由来し、留学経験を含めた学歴、大学の成績やTOEICの点数、企業インターンなど、就職に有利とされる経験や実績のことをスペックという。学生たちは懸命になってスペックを積み上げていく。さらに大学院生は30万人余りもいて、人口が倍以上の日本より4万人も上回り、高学歴志向が強い。

 しかし学歴至上主義への反省から、ものづくりの現場に必要とされる「職人」を養成するマイスター高校が、李明博前大統領の肝いりでできた。トップダウンによる意思決定の早さは、この国では、政府も企業もお手の物だ。

 岩渕さんは、仁川電子マイスター高校を訪ねた。レベルの低かった学校が、マイスター高校に指定されて、一変した。中学の成績が上位2割程度の生徒たちが集まり、寄宿舎生活で夜まで学業や実習に取り組める。教員の3分の1は産業界などの出身で、生徒の就職率は高いという。

 岩渕さんによると、韓国の人材育成力は、自己開発のための努力を重ねる勤勉さ、努力する者にはきちんと報いようとする社会のあり方、グローバルな視野を持つ国際的なマインドに裏付けられているという。

 韓国のいいことばかりを書いたのではない。大企業と中小企業の格差、自殺率の高さなど、この社会の負の面も指摘し、バランスがとれている。

日韓はウィンウィンの関係に

 岩渕さんが今、力を入れているのは、日韓の学生交流だ。九州大学と釜山大学の学生が2週間、合宿しながら学ぶ「海峡圏カレッジ」の講師役を務める。日本の学生は、韓国から大いに刺激を受ける。まず、韓国側の英語力。これは、英語を学べばなんかなる。だが、もっと本質的には、韓国の学生の積極的な態度、論理的なプレゼンテーションの力が優れていることだという。「人生観が変わった」という日本の学生も少なくないという。

 そして岩渕さんが理想とする日韓関係は、ウィンウィンの関係だ。日本と韓国は、フィギュアスケートの浅田真央とキムヨナのように、世界の1位、2位になれるライバル関係だ。

 「刺激し合って、努力をして、世界のトップになれる。日韓の間で、そうした健全なライバル意識が、互いを高め合うのです」


 いわぶちひでき 1972年生まれ。東京工大理学部卒、同大学院で修士号取得。現在、文部科学省科学技術・学術政策局政策課長補佐。