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韓国に滞在中の日本国際交流センター・シニアフェロー(朝日新聞前主筆)の若宮啓文さんのコラムです

(2) エスカレートする北朝鮮の挑発、火花散らす神経戦

2013年4月3日

 ソウルに来てから地下鉄によく乗るが、ホームには飲料水の自動販売機に混ざって、同じような形の「救護用品保管箱」があちこちに置かれているのに気がついた。ガラスケースの中に並んでいるのは防毒マスクなのだが、よく見るとマスクには2種類あって、ハングルで「ファジェ」用と「ファセンバン」用と書かれている。


ソウルの地下鉄の駅に設置されている「救護用品保管箱」、若宮撮影

 ファジェは火災だとすぐ分かったが、私には「ファセンバン」がピンとこない。説明を読んでみると、ファは化学の化、センは生物の生、バンは放射能の放、つまり化学・生物兵器と放射能に備えた「化生放」用のマスクだった。なるほど、放射能は究極の脅威だとして、こちらでは北からの潜入者が猛毒やバイ菌をばらまいたり、水道に入れたりしたらどうなるかと心配する人が少なくない。世界の先端をいくIT都市となったソウルは、電気や電波を寸断されただけでも大変なことになるだろう。


サイバー攻撃、韓国はてんてこ舞い

 そんな折に驚かされたのが、北朝鮮に仕掛けられたとおぼしきサイバー攻撃だった。3月20日、KBSなど3つの大手放送局と2つの銀行が狙われ、コンピューターが一斉にダウン。放送に影響がなかったとはいえ、簡単に防御システムを破られたショックは大きい。大手テレビ局の中で唯一無事だったSBSの知人は、胸をなでおろしつつも「わが局のシステムが優秀だったのか、それとも標的にされなかったのか、実のところ分からないのが困る」と首をひねっていた。 やられた銀行は全支店の業務やATMが完全にマヒして、てんてこ舞いだった。放送局にせよ銀行にせよ、有事に機能しなくなっては大変なだけに、「今度の攻撃が小手調べなら恐ろしい」と神経をとがらせている。

 それにしても、私がこちらに来た3月はじめから、新聞やテレビに北朝鮮の挑発的ニュースが報じられない日はない。朝鮮戦争の停戦協定を白紙にするという宣言通り、連日のように前線部隊を鼓舞して回る金正恩第一書記は「全面戦争の準備はできた」などの発言を連発。3月29日にはわざわざ真夜中の午前0時過ぎに軍の最高首脳部を緊急招集して作戦会議を開き、戦略ミサイル部隊に「射撃待機」を指示。そこでは米本土まで標的にしていたが、30日朝にはついに「南北関係は戦時状態に突入した」とエスカレートした。

 長距離弾道ミサイルの発射や核実験で自らまいた種なのに、米韓両国が大規模な合同訓練をしたうえ、北からの局地攻撃への具体的な対応計画でも合意したり、米軍がB2ステルス爆撃機を朝鮮半島上空に飛ばしたりしたことを「開戦準備」だと怒っているのだ。30日の宣言は「元帥様の重大決心は米国と傀儡一味に対する最終警告であり正義の最終決断だ」「金正恩時代には全てのことが異なるということをしっかり知らなければならない」と勇ましいことこの上なかった。

 そういえば、つい最近、「3日で終わる短期決戦」という4分余りの映像が北朝鮮で作られ、ユーチューブで流された。兵器の名前が次々に出てくる早口のナレーションは私にはなかなか聞き取れないが、砲撃の激しさは映像だけでもよくわかる。高層ビルが並ぶソウル上空に戦闘機が飛び、ヘリコプターからパラシュート部隊が降りていく。戦車部隊も続々と進軍。最後は意気消沈したソウル市民の様子も出てくるが、北の指導者はそんな風に自分たちがやられることを何よりも恐れているのだろう。

 爆弾こそ飛び交ってはいないが、いま南北が火花を散らしているのは激しい神経戦に間違いない。

 わかみや・よしぶみ 1948年生まれ。朝日新聞論説主幹、主筆を務め、2013年1月に退社。3月からソウルの西江大学で韓国語を学ぶ。韓国・東西大学碩座教授、ソウル大客員研究員。著書に「和解とナショナリズム」「闘う社説」など。