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韓国に滞在中の日本国際交流センター・シニアフェロー(朝日新聞前主筆)の若宮啓文さんのコラムです

(11) 「サランヘヨ!」 級友たちよ、ありがとう

2013年9月4日

 3月に入学したばかりなのに、私はもう卒業してしまった。半年近く毎日通っていた西江大学の韓国語教育院のことだ。

 8月20日に行われた卒業式では冷や汗のかきっぱなしだった。まず、卒業生一人ずつに院長から卒業状が渡されたのだが、私の番がくるや、娘のような級友たちが一斉に大きな声を上げたのだ。「オッパー! サランヘヨ!」

 「オッパー」とは女性が使う兄さんへの呼称だが、恋人を呼ぶときにもよく使わる。「サランヘヨ」は「愛してます」。もちろんこれは計画的ないたずらであって、真意は「その年齢で、黒一点、よく頑張りましたね、ご苦労さま」ということだった。

 インドネシア、カンボジア、モンゴル、ロシア、ルーマニア、エジプト、そして日本。6月に6級に進級すると、私のクラスの12人は国籍こそ多様だったが、私以外は全員が女性なので驚いた。そもそも韓国語を習いにくるのは圧倒的に女性が多いのだが、それにしてもひどすぎないか。最初は戸惑ったが、20〜30代の娘たちを相手に「ひょうきんなお父さん」に徹した結果がこの声援。娘たちよ、ありがとう!

 式が終わると壇上で余興に移り、卒業生や在学生が歌や踊りを披露したが、ハイライトは我がクラスによるビデオの上映だった。学校内外での生活を振り返りつつ、いかに苦労しながら韓国語と取り組んできたかを面白おかしく見せるギャグコメディーだ。みんなでストーリーを練ったが、脚本、監督、主演と大活躍したのはインドネシアで俳優の道も夢見るエンマさん(23)。自らは男子学生に扮しての名演技だった。

 かつて留学経験があった私は半年の促成栽培だったが、級友たちの多くは1年余り苦楽をともにしてきた。トンチンカンだった初期の会話。図書館で宿題をしながらの居眠り。テレビドラマの話題で盛り上がる教室。やがて芽生えた恋と破局……。そんな場面の連続で大いに笑いを誘った。

 さて、私の役はといえば、Kポップスが好きなおじさん留学生。しかも、エンマ監督の懇請を断わり切れず、「少女時代」のヒット曲「gee」に合わせて踊るシーンも演じようとは……。おかげで会場は大爆笑だったが、私は逃げ出したい心境だった。どこで聞きつけたか、朝鮮日報の記者がきて卒業式の様子を記事にしたから、あとで知人たちにもずいぶん冷やかされた。

日韓関係めぐり取材殺到

卒業式の様子を伝える朝鮮日報の写真

 もっとも日韓関係がすっかり冷え込む中で、私はこんなことばかりしていたわけではない。とくに8月15日が近付くにつれて、さまざまなメディアのインタビュー攻めにあっていた。関心はもっぱら憲法改正の行方や靖国参拝、歴史認識、日韓の打開策など。ただでさえ満足のいかない韓国語なのに、重たい話ばかりで、私の舌はもつれがちだった。

 そうしたとき脳裏に浮かんだのは両国の若い人たちのことだ。東亜日報に載せている私のコラム「東京小考」(8月22日)では、一緒に卒業した日本の娘たちを取り上げつつ、日韓関係がこれ以上おかしくならないよう、両国トップに強くお願いした(日本語版 http://japanese.donga.com/srv/service.php3?bicode=100000&biid=2013082276198)

 あっという間に予定の留学期間は終わってしまった。というわけで「ソウル便り」もぼちぼち店じまいしようかと思っていたら、週刊朝鮮にこんな記事が載った。

 「韓国語サイト"朝日アジアアンテナ"に3月21日から"ソウル便り"というコラム http://asahikorean.com/category/feature_series/seoulletter/が載っていて、人気が高い。日本の言論人が退職後に韓国で、教授と学生の身分でひとり暮らしをしながら味わう出来事や感想が、飾りなく盛り込まれている」

 人気が高いとはお世辞にせよ、ありがたい話ではないか。これではすぐに筆を置くわけにもいくまい。幸いソウル大学と東西大学(釜山)には引き続き私の席がある。これからは日韓の間を行ったり来たりしながら、この便りもいましばらく書き続けるとしよう。

 わかみや・よしぶみ 1948年生まれ。朝日新聞論説主幹、主筆を務め、2013年1月に退社。3月からソウルの西江大学で韓国語を学ぶ。韓国・東西大学碩座教授、ソウル大客員研究員。著書に「和解とナショナリズム」「闘う社説」など。