朝日賞

2006年度 朝日賞
 ◆「小説で遊ばな、そん」 作家・田辺聖子さん(78)

 「私は“ただごと”小説家。誰もが身に覚えのある日常の哀歓を書きたかった」  敗戦直後に父が死亡、女学校卒業後、大阪・梅田の金物問屋に勤め家計を支えた。職場は若い商売人で活気にあふれ、街には、働く女性が増えた。「彼らが読む新しい恋愛小説を書こう、主体性を持つ女の子を描こうと思った」と振り返る。
 64年に「感傷旅行(センチメンタルジャーニィ)」で芥川賞受賞。恋愛小説にエッセーやコラム、源氏物語など古典の翻案、小林一茶らの評伝と多彩に活躍してきた。昨夏に完結した「田辺聖子全集」(別巻含め25巻)に全作品の半分も収録できなかった。
 主人公は「姥(うば)ざかり」の老いを楽しむヒロイン、戦中派の戦後を描く「おかあさん疲れたよ」の肩の力の抜けた中年男性のように、みな、生活にやつれず恨まず人生を肯定し、読者を勇気づけてきた。
 「軽くて読みやすいものを目指した」と言うが、実は硬派。評伝では義憤を持って悪評を覆す。怒るときは怒るという姿勢は、カンボジアのポル・ポト政権を批判したコラムにも表れる。「歯止めがなくなった時の人の怖さ。『紙碑』という言葉があるが、物書きである以上、残るよう書き留めておきたかった」
 ひらがなやカタカナ、小文字も駆使した関西弁表記や選び抜いた言葉遣いで、日本語表現の可能性を広げた。「小説は字の芸術。字面がきれいでないと」。音読すれば正しい大阪弁も発声できる。「方言のせりふは声に出すと面白い。良い言葉を見つけたら自分で使ってみるとか、小説で遊ばな、そん」
 小説家の仕事は「みんなの気がつかないことを書くこと。気持ちを広く持ち、ただすべきはただし、発想や視点を変えてみることの大切さを教えること」と話す。
 技芸も批評心も包み込む田辺文学のユーモアを、川柳になぞらえる人もいる。論評するのはヤボといわれるゆえんでもある。(吉村千彰)
    *
 たなべ・せいこ 28年、大阪市生まれ。64年に芥川賞。93年吉川英治文学賞「ひねくれ一茶」、94年菊池寛賞、95年紫綬褒章、98年度泉鏡花賞・読売文学賞・井原西鶴賞「道頓堀の雨に別れて以来なり」、00年文化功労者、03年蓮如賞「姥ざかり花の旅笠」など。放送中のNHKドラマ「芋たこなんきん」のヒロインのモデル。


2006(平成18)年度
田辺聖子 『田辺聖子全集』(全24巻・別巻1)完結にいたる文学活動の業績
村上春樹詳細へ 世界各国で翻訳され、若い読者を中心に同時代の共感を呼んだ文学的功績
野村万作詳細へ 長年にわたる狂言の優れた上演と幅広い舞台芸術への貢献
川人光男詳細へ 小脳内部モデル理論の提案・検証と人型ロボットによる脳機能の解明
近藤孝男詳細へ 生物時計の分子機構に関する研究
下村脩詳細へ 緑色蛍光たんぱく質GFPの発見と生命科学への貢献