朝日賞

2006年度 朝日賞
 ◆「今生きる狂言 目指す」 狂言師・野村万作さん(75)

 21歳の秋、小学校の体育館で舞台に立った時に、右足に痛みを感じたが、顔色ひとつ変えずに演じきった。楽屋に戻って足裏を見ると5センチほどの釘(くぎ)が刺さっていた。
 「狂言に燃えていた頃の懐かしい思い出です」
 幼少から父の六世野村万蔵に訓練を課せられ、10代半ばに狂言から心が離れた。だが、大学に入って「やはり狂言をやりたい」と父に告げ、必死に励んだ時期のことだ。
 「型通りにやるのは訓練の課程であり、いずれ自分なりの表現ができると気づいた」
 歌舞伎に触発されて、様式美の下で人間の心理をリアルに演じる「演劇性」を追求し始める。知的で格調高い技芸で、多くの名舞台を生んだ。至難の大曲「釣狐(つりぎつね)」は26回の上演記録を達成した。
 「狂言は室町時代の現代劇。せっぱ詰まった状況を演じることに、演劇のかたちがあると思う」
 57年にパリ国際演劇祭に参加したのを皮切りに、海外公演を旺盛に行い、狂言の国際的普及に大きく寄与した。
 現代劇に出演したり、シェークスピア劇を狂言化したり、新しい試みでも多くの成果を上げている。特に「子午線の祀(まつ)り」は評価が高い。
 「狂言の演技を反映できる役だけ、選(え)りすぐってやっている。狂言の門戸を広げたいとの思いからです。現代劇のファンが私の演技を見て、狂言に関心をもってくれたら、と。“他流試合”をやっても、結局は狂言に帰ってくる」
 狂言はかつて能の添え物と見られていたが、昭和30年代から狂言ブームが始まる。狂言の再評価は若い頃からの悲願で、「父が朝日賞を受賞してほしいと思っていた」という。その父が亡くなって28年目の受賞となる。
 「目指す究極は、今を生きる狂言。自然に自分が培ってきた表現を、現代に息づかせたい」
 集大成といえる「万作・狂言十八選」の上演が、今月から始まる。(小山内伸)
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 のむら・まんさく 31年、東京生まれ。早稲田大文学部卒。父の六世野村万蔵に師事し、3歳で初舞台。50年に万作を襲名。77年、「釣狐」連続上演で芸術祭大賞。79年の木下順二作「子午線の祀り」の義経役で紀伊国屋演劇賞。また、63年に米国、66年にインド、82年に中国、89年にソ連(現ロシア)で狂言を初公演した。95年に紫綬褒章。


2006(平成18)年度
田辺聖子詳細へ 『田辺聖子全集』(全24巻・別巻1)完結にいたる文学活動の業績
村上春樹詳細へ 世界各国で翻訳され、若い読者を中心に同時代の共感を呼んだ文学的功績
野村万作 長年にわたる狂言の優れた上演と幅広い舞台芸術への貢献
川人光男詳細へ 小脳内部モデル理論の提案・検証と人型ロボットによる脳機能の解明
近藤孝男詳細へ 生物時計の分子機構に関する研究
下村脩詳細へ 緑色蛍光たんぱく質GFPの発見と生命科学への貢献