朝日賞 - The Asahi Prize -

2009(平成21)年度 受賞者一覧

◆伊東豊雄さん ◆野田秀樹さん ◆深谷賢治さん ◆豊島近さん ◆諏訪元さん
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◆おおらかな空間提案 伊東豊雄さん(68) 建築家


伊東豊雄さん

 オフィスビルはもちろん、学校にせよ病院にせよ、私たちは四角い箱形の建物の中で生きている。そんな近代建築とは、ひと味もふた味も違う空間を生み出してきた。

 ガラス張りで見通しのいい空間なのに揺れるような感覚だったり、洞窟(どうくつ)のようだったり。「中にいる人が生き生きするような建築、美しいというより、楽しくおおらかな空間を考えてきました」

 1960年代に、建築や都市の未来像を描こうと建築家になった。しかし進歩への疑念が頭をもたげ、学生運動も起きる。70年代には、小さな住宅の中に理想を埋め込むような、内向きな作風を展開。80年代以降は、「重くて泰然とした建築に抵抗を感じ、軽さや透明感で時代の空気を表現しようとした」という。

 さらなる転機は、新しい文化施設像を求める設計競技で勝利した、せんだいメディアテーク(2001年開館)。網状の鉄骨のチューブ13本が、揺れる海草のように曲がりつつ全体を支える。電子時代の身体と空間を模索した姿だった。

 以来、新しく柔らかで、かつ応用可能な空間の作り方を提案してきた。それは、「諏訪湖を抱く山並み」という自身の原風景とも連なる。そして、左利きの元高校球児らしい、しなやかな身体感覚。

 昨年は、東京・高円寺で劇場が開館した。丸い穴が多数あいたテントのような建物で、劇場と街が一続きになっている。台湾では、オペラハウスの工事も始まった。

 究極の目標は、一本の木だという。「枝分かれというシンプルな秩序から、複雑で豊かな、周囲とも響き合う環境を作っていますから」

   そんな建築を、これからも求めてゆく。

      *

 いとう・とよお
 1941年、ソウル生まれ。2歳ごろから中学生まで長野県で育つ。東京大建築学科を卒業後、菊竹清訓建築設計事務所を経て、71年に独立。86年に日本建築学会賞を受けた自邸「シルバーハット」のほか、「八代市立博物館」「せんだいメディアテーク」「座・高円寺」など。日本芸術院賞など受賞多数。

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◆世代超えた観客誇り 野田秀樹さん(54) 劇作家・演出家・俳優


野田秀樹さん

 時空を自在に行き来する壮大な戯曲。速射砲のように繰りだされる詩的で遊び心のあるせりふ。軽やかに疾走する俳優の身体。三位一体とも呼べる独自の劇世界には、演劇でしか味わえない魅力がたっぷり詰まっている。

 少年の夢をイメージ豊かに紡いだ夢の遊眠社時代。若くして劇界の最前線に躍り出たが、ベルリンの壁が崩れ、昭和が終わった1989年に転機が訪れた。「このまま日本にいてはダメだと感じた」

 人気絶頂だった劇団を解散し、単身渡英。留学を経て設立したNODA・MAPでは、硬派な社会批評を極上の娯楽作に昇華させた大人の舞台に変貌していた。

  「パンドラの鐘」(99年)は、長崎の原爆や道成寺伝説に想を得た代表作。大英博物館で見た中国の鐘に触発され、英国人演出家の友人に背中を押された。「自分が原爆を描いていいのかと悩んだが、敗戦後10年の長崎に生まれた劇作家にしか思いつかない物語だと言われて、そうだなと」

 報復の連鎖を描いた「THE BEE」(2006年)は英語の戯曲をロンドンで初演。翌年日本版を作った。「赤鬼」を97年に共同制作したタイの演劇人は母国で現代演劇を育て、昨秋も来日した。「せっかくまいた種なので交流を続けてきた」

 中村勘三郎さんと組んだ歌舞伎も高い成果をあげた。多忙を極める中、大学教授や芸術監督として演劇界の活性化にも取り組む。「作家の時間は奪われるが、犠牲とは思わない。2世代にわたる観客がいるのが誇り。大人が本気で面白がれる芝居をこれからも作り続けたい」

      *

 のだ・ひでき
 1955年、長崎県生まれ。東京大法学部在学中の76年に劇団夢の遊眠社を結成。83年に「野獣降臨」で岸田国士戯曲賞。92年劇団を解散し、ロンドン留学。93年にNODA・MAP設立。「THE BEE」と歌舞伎「野田版・研辰の討たれ」がともに朝日舞台芸術賞グランプリ。2008年多摩美術大教授。09年東京芸術劇場芸術監督に就任、名誉大英勲章OBE受勲。

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◆「厳密なSF」面白い 深谷賢治さん(50) 数学者


深谷賢治さん

 ばりばりと道を切り開く独創的な数学者と評される。

 「数学はSFを厳密にやるようなもの。妄想みたいに考えたことが、証明によって確固としたものになっていくから面白い。勝手なことが許されない現実の手応えがある」

 中学時代から、天文や物理など科学の本を好んで読んだ。数学に関心を持ったのは高校時代。授業で習う問題を解くより、直感がきかない現代の数学が気に入った。

 幾何学はものの形や空間を扱う数学。力を注ぐシンプレクティック幾何学は1990年代以降に大きく発展した分野で、物理学とのかかわりも深い。93年、後に「深谷圏」と呼ばれる概念をセミナーで発表。これを聞いたロシア出身の数学者が新たな予想を打ち出し、注目の的となった。

 見た目の違う別々の圏(数学的なまとまり)が、鏡に映したように同じ値をもたらす「ホモロジー的ミラー対称性予想」。宇宙を統一的に説明しようとする物理学の「超弦理論」とつながる考え方だ。片方が別の幾何学で知られていた圏、もう片方が深谷圏。違う手法の意外なつながりが見え、研究が広がった。

 深谷圏の厳密な解明は小野薫北海道大教授、太田啓史名古屋大教授らの共同研究者と取り組んだ。「穴を埋めていくと新しい考え方も膨らんでいく」。合宿で議論が盛り上がり、宴会と勘違いした客に注意されたこともあった。その成果の出版にこぎ着けたのは昨年10月。最初の発表から16年かかった。

 この間、ミラー対称性予想も一部の証明が進んだ。「SFが現実に近づいてきた」と感じている。

      *
 ふかや・けんじ
 1959年生まれ、横浜市で育つ。81年東京大理学部数学科卒、83年同大大学院理学系研究科修士課程修了。83年同大助手、87年同大助教授。94年から京都大教授。2003年日本学士院賞、09年12月から日本学士院会員。著書に「数学者の視点」「これからの幾何学」「シンプレクティック幾何学」など。

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◆「長大な時間」思いはせ 豊島近さん(55) 構造生物学者


豊島近さん

 動物の機敏な動きを支える筋肉の伸び縮み。その仕組みに欠かせないたんぱく質の構造と働きを原子のレベルで明らかにした。

 きっかけは物理を学んでいた大学3年の時に見た電子顕微鏡写真。筋肉をつくる線維の精巧な構造に魅せられ、もっと細かく見たいと思った。

 電子顕微鏡に続いて挑戦したのが、カルシウムを細胞中の貯蔵庫に運びこみ、筋肉が伸びる仕組みを支えるたんぱく質のX線解析だ。

 難関は試料の結晶作り。他の研究室が避ける強いにおいの薬品を使うなど、あらゆる方法を徹底的に試して成功、複雑な立体構造が見えた。だが、それだけでは、どのように動くのかはわからない。

 たんぱく質が取りうる構造を考え、いくつも結晶を作って解析、画像化した。らせん型の部品がダイナミックに動き、手押しポンプのようにカルシウムを押し込む様子が見えた。

 たんぱく質を作るアミノ酸一つひとつが重要な役割を果たす。何億年もの進化の積み重ねでできた究極のデザインだと思った。「私が20年近くかかって解いたのはたかだか1個だが、体の中には何万もたんぱく質がある。自分が存在する前に流れた長大な時間を思うようになった」

 秋田で育った少年時代、家庭科教師の母と兄とともに家で実験をし、プラモデルや木工作に夢中になった。

 自分にない技術をもつ人をスタッフにして、徹底的に学び、自分のものにしてきた。今も人にまかせず、兵庫県にある大規模な実験施設に通う。データが出てくる瞬間が、最も興奮する時だという。

      *
 とよしま・ちかし
 1954年、秋田県生まれ。78年東京大理学部卒。83年同大大学院博士課程修了。84年同助手。86年米スタンフォード大博士研究員、88年英MRC分子生物学研究所研究員、89年理化学研究所国際フロンティア研究員。90年東京工業大助教授。94年から東京大 分子細胞生物学研究所教授。米科学アカデミー外国人会員。

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◆ヒトの源 探し続ける 諏訪元さん(55) 自然人類学者


諏訪元さん

 ヒトはどのように進化してきたのか――。

 答えを求めてエチオピアの荒野にいた1992年12月17日、仲間が見つけたサルの化石を見に行き、そばで1本の大臼歯に気づいた。

 「すぐ人類の歯とわかった。ようやく一つ見つけた。そんな気持ちでした」

 約440万年前のラミダス猿人(アルディピテクス・ラミダス)は、こうして諏訪さんの手で初めて世に出た。偶然に助けられたからと「バスケットボールで言えば、他人のリバウンドをゴールしたようなもの」と話す。

 だが、この1本が国際研究チームによる全身骨格の発見につながった。詳細な研究をもとに昨年、発表された類人猿との共通祖先から分かれてまもない「最古期の人類像」の提示で、歯や頭骨の解析で大きな役割を演じた。

 米国で過ごした小学生時代、博物館の恐竜を眺めて進化への関心を培った。東京大で学んだ70年代はアフリカで人類の化石が次々発見された。「自分もそういう研究をしたい」と、80年に米カリフォルニア大バークリー校の門をたたき、今も共同研究を続けるティム・ホワイト教授らとの関係を築いていった。

 エチオピアでの本格調査は同国の事情で10年近くできなかったが、その間に数多くの類人猿や人類の化石を研究。この蓄積がラミダスとの一瞬の出会いに結実した。

 他にも日本の研究チームで貴重な猿人や類人猿の化石を発見した。観察や計測の最新技術を研究に導入することにも熱心だ。「化石の証拠は常に不十分。研究に終わりなんてありません」。今後の研究に意欲を燃やしている。

      *
 すわ・げん
 1954年、東京都生まれ。78年東京大理学部卒。88年カリフォルニア大バークリー校大学院修了。同年京都大霊長類研究所助手、91年東京大理学部講師、94年同大助教授。98年に東大総合研究博物館へ異動し、2006年から教授。アフリカでの初期人類研究に加え、縄文人など日本の人骨研究も手がける。

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