朝日賞 - The Asahi Prize -

2010(平成22)年度 受賞者一覧

◆池澤夏樹さん ◆原田正純さん ◆川口淳一郎さん(チーム代表) ◆細野秀雄さん
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◆文明への懐疑を貫く 池澤夏樹さん(65) 作家


 最初の小説『夏の朝の成層圏』を書いたのが39歳。「小説をたくさん読んできて、自分も書く側に回りたいと思ったが、思いが強すぎて、もし自分に能力がなかったら、その先どうしてよいかわからなかった。遅い出発だったが必然だったと思う」。南洋の無人島に漂着した若者が自然の中で生き延びる物語の根底には、物質的な豊かさを求める現代文明への懐疑があった。

 その「懐疑」の視点は一貫している。評論集『楽しい終末』では、制御できないほどに発達した科学文明の行く末に警鐘を鳴らした。それは、「悲観的でどっちをみても希望がない。うかつに偽の希望で小説を書けなくなった」というほどに自身を呪縛した。

 小説は「とにかく面白いものを書きたい」。『マシアス・ギリの失脚』では、同じ南洋の島を舞台にしながら、にぎやかでユーモラスに、同時に日本批判を込めて孤独な独裁者を描いた。

 膨大な読書体験が世界文学全集の個人編集につながった。「文学は世界解釈でもある。目の前の現実を同時代の文学者はどう考えたのか」と、あえて古典を避けて20世紀後半の作品を中心にした。

  「移動する作家」である。戦争の5カ月前にイラクを訪れ、『イラクの小さな橋を渡って』を緊急出版した。「本気で戦争を止めたかった。受難者の側に誰かがいなければいけない。他人の受難を想像するための素材を提供することに徹した」。知識人が社会的発言を避ける傾向にあるなか、「確かにいてくれるキャッチャーに向かって、一球一球投げている気持ち」で、発言を続けている。

      *

 いけざわ・なつき
 1945年、北海道生まれ。「スティル・ライフ」で88年に芥川賞。93年に『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞。『静かな大地』『すばらしい新世界』などで04に司馬遼太郎賞。9・11直後にはメールマガジン「新世紀へようこそ」を連日発信した。

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◆「水俣学」現場から発信 原田正純さん(76) 医師


 あまたの被害者を生み、豊かな海を一変させた水俣病。半世紀にわたり、差別や貧困に苦しむ患者側に立ち続け、診察と救済にかけずり回ってきた。現地と深くかかわる関係者の多くが、「あの人がいなければ、どうなっていたことだろう」と指摘する。

 熊本大大学院に入り、水俣に行った。有機水銀が原因と特定されておらず、毒物は胎盤を通らないというのが医学上の定説の頃。それなのに、同じ症状の子どもが何人もいた。「新米の医者だから定説にしばられなかった。原因が何かはともかく、同じ病気に違いない」と通い続けた。

 高度経済成長時代を企業はひた走り、人々の健康を損ねる事例は続く。戦後最大規模の惨事となった三井三池炭鉱の炭じん爆発と一酸化炭素中毒、新潟水俣病にカネミ油症。診察すると、当時の常識を覆す症状に患者は苦しめられていた。さらに行政や企業、そして世論でも、水俣と似た責任回避や無関心が繰り返されていた。

 「人類は失敗するんですよ。起こっちゃいけないけれど、起こった以上、負の遺産として残さねばならない」

 熊本学園大に移り、2002年から「水俣学」と名付けた講義を始めた。患者も講師となり、水俣病を通して、何が見え、どんな教訓を導き出せるのかを探っていく。

 日本だけでなくカナダやブラジル、インド、ケニアと、調査や講演の依頼は引きも切らない。途上国に「水俣病が始まっている地域がある」という。脳梗塞や3度のがんを患いながら今も患者を回る。

 「現場にこそ学問はある。ひとつでも多く伝え残していきたいんです」

      *

 はらだ・まさずみ
 1934年生まれ。熊本大大学院で水俣病の研究を始め、同大助教授を経て99年から熊本学園大教授。水俣学研究センターを立ち上げる。昨年春に退職し、医師として診察を続けている。65年に日本精神神経学会賞、89年に大佛次郎賞など。

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◆夢の帰還 臆せず挑戦 はやぶさプロジェクトチーム
 川口淳一郎さん(55) チーム代表・宇宙工学者


川口淳一郎さん

 米国も尻込みするような、大胆な探査を―。プロジェクトはそんな意気込みで始まった。

 計画を練り始めたのは20年ほど前。火星や金星に探査機をいくつも送り込んだ米国やロシアに比べ、日本は遅れていた。「どうせやるなら独自性のあるものを」と考え、温め続けた「小惑星の試料を地球に持ち帰る」夢に正面から取り組むことを決めた。

 1996年のプロジェクト発足と同時に責任者に就任。打ち上げは2003年だった。小惑星「イトカワ」とランデブー。カメラやレーダーでイトカワを観測したうえで着陸し、表面の試料を回収。機器の故障など相次ぐトラブルを乗り越えて昨年、地球への帰還を果たし、すべてのミッションを成功させた。

 月までの距離の約800倍にあたる3億キロも離れたイトカワへの旅を可能にしたのは二つの最新技術だ。一つは、電気で動くイオンエンジン。高温のガスを噴射する化学エンジンより力は弱いが、省エネで長距離旅行に向く。もう一つがロボット技術による自律飛行。地球の管制室から電波で指令を送っても、届くまで16分もかかる。着陸の細かな判断ははやぶさ自身がこなさねばならなかった。技術は将来の探査に生かされる。

 かかわった研究者は宇宙航空研究開発機構だけでなく、産業界、大学を含め約500人。「前例のない技術の開発に臆することなく取り組んでくれた」と感謝する。

 「ゴールは地球への帰還。この目的を全員が共有していたことが、プロジェクトを支えていたと思います」

      *
 かわぐち・じゅんいちろう
 1955年、青森県生まれ。78年京都大学工学部機械工学科卒業、83年東京大学大学院工学専攻博士課程修了。工学博士。同年、文部省宇宙科学研究所助手、88年助教授、00年教授。現在、宇宙航空研究開発機構研究主幹、月・惑星探査プログラムグループプログラムディレクタ。

◆萩野慎二さん(51) 産業界代表


萩野慎二さん

 イトカワの試料回収という目標の困難さが、機体の開発から宇宙での運用まで、チームを一つにした。宇宙好きな人には注目されるとは思っていたが、社会全体でこれほど話題になるとは思わなかった。ありがたいと同時に、次の宇宙開発に向けて大きな責任を感じている。(談)

    *
 はぎの・しんじ
 1985年東京大大学院工学系研究科修士課程修了。同年NEC入社、科学衛星全般の開発に従事。日本航空宇宙学会会員。

◆土屋和雄さん(67) 学術界代表


土屋和雄さん

 トラブルを乗り越えて地球に帰還させられたのは、情熱と根性も大事だったが、背景には、非常に冷静な工学者の論理があった。プロジェクトを通じて若い研究者が育ち、今は宇宙工学の最先端を走っている。さらに多くの若い人が夢や希望を持って宇宙開発に参加してほしい。(談)

      *

 つちや・かずお
 工学博士。三菱電機を経て1990年大阪大教授。95年京都大教授。07年同大名誉教授。08年同志社大教授。

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◆新材料 狙い定め設計 細野秀雄さん(57) 材料科学者


細野秀雄さん

 セメントに電気を通したり、鉄を含む化合物で高温超伝導物質を見つけたり―。ありふれた酸化物に細工を施し、予想もしない新しい電子材料をつくり出してきた。ガラスの透明半導体を使ったトランジスタは、国内外のメーカーによる次世代ディスプレーへの応用が進む。

 「現代の錬金術師」と呼ぶ人もいるが、「物質を決めるのは構成元素だけでなく、構造も重要。シンプルな仮説を立て、狙いを定めて設計しているだけです」という。

 中学1年のときに見た「水の電気分解」の実験が、探求心の原点だ。水は火を消す。だが電気分解でできた水素は燃えるし、酸素はものが燃えるのに欠かせない。「もとの物質から思ってもみないものができると感激した。一日中、実験していた」

 中学卒業後、いったんは高専に入学。水俣病問題を告発した公害研究者の故・宇井純さんに出会った。宇井さんの弟が担任教師だった縁で、宇井さんの反公害運動を手伝った。大学の公害専門学科に進学したいと相談したら、「そんな学科は本来は世の中にない方がいい。君は好きな学問をまじめにやる方が向いている」。高専を中退して大学に入り直した。

 「楽天家で、転んでもただでは起きない」が持ち味。ガラスの半導体は、結晶膜を作り損ねた偶然から生まれた。「日本の科学界には、出るくいを伸ばす仕組みがある」と周囲の支援に感謝する。

 今狙っているのは、新しい化学反応を起こす物質。「長年の勘というか、これまでにない大きなことが起きる予感がします」

      *

 ほその・ひでお
 1953年、埼玉県生まれ。77年東京都立大工学部卒。82年同大大学院博士課程修了後に、名古屋工業大助手。90年に同大助教授。93年東京工業大助教授。99年から同大教授。02年米セラミックス学会フェロー。09年マチアス賞、紫綬褒章。

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