

2007年10月25日 朝刊
朝日新聞社の第9回「朝日のびのび教育賞」に6団体が決まった。自ら学び、自ら考える力の育成がますます必要とされるなか、学校と地域社会が力をあわせ、子どもたちの健やかな成長を支える姿勢から学ぶべきことは多い。各団体の活動を紹介する。
第9回「朝日のびのび教育賞」には全国から190件の応募と推薦がありました。朝日新聞社の記者が現地を調査したうえで、数回にわたる社内選考を行い、受賞団体を決めました。選考に際しては次の3人の教育の専門家のみなさんから、意見を聞きました。
シマトッカリ川の支流でサケの稚魚を放流する子どもたち=北海道斜里町で(峰浜小学校提供)世界自然遺産に登録された知床半島の付け根、斜里町峰浜地区。5月下旬、子どもたちがバケツからサケの稚魚をコップですくって放流した。少し寂しそうな表情を浮かべながら、「元気で戻ってきて」と声をかけた。
団員は現在22人。斜里町立峰浜小の全児童が団員だ。74年3月の結成以来、知床の自然を守り育てる体験的な活動に取り組んでいる。植樹や海岸清掃、登山遠足、学校行事のキャンプでの地引き網体験と活動は多彩だ。
サケ学習もその一つ。昨年12月に1200粒の卵を孵化(ふか)場から譲り受け、学校の水槽で大切に育ててきた。毎日観察した様子は学校のホームページの「ブログ日記」に詳細に記録され、育てたサケへの愛着もにじむ。
「生命の神秘さを感じながら科学的な見方や考え方ができ、自然との向き合い方も身についている」。藤田昌信校長は活動を通じた子どもたちの成長を実感する。
入学と同時に団員になり、地域の人や保護者、教職員が指導にあたるスタイルは結成当初から変わらない。学校と地域、家庭の連携は密接だ。かつての児童が指導者として活動を支えていく形もできている。
団長の漁業加藤敏弘さん(38)もその一人。6年の長女と3年の長男も団員だ。「33年の積み重ねの大きさを感じる。(子どもたちには)身近な自然の大切さを忘れることなく、ずっと感じていってほしい」と願う。
児童会長の江上舞さん(6年)は「活動がこれほど長く続いているのはすごいと思う。みんなと協力しながら活動するのが楽しい。これからも知床の自然に関心を持ち続けたい」と話している。
発泡スチロールでつくった体長10メートルの恐竜の骨組み=京都市左京区で赤く色付き始めたリンゴの木に、木札が揺れる。「このみ」「遼」「湧太」――生徒手作りのネームプレートだ。
日本一のリンゴ産地・青森県弘前市の東目屋(ひがしめや)中学校では、「総合的な学習の時間」(総合学習)のうち毎週2時間を「アップルタイム」と定め、約40アールの学校園で生徒が「自分の木」を決めて育てている。その歴史は開校以来60年に及ぶ。
作業は4月の枝拾いから始まる。授粉、摘果、葉取りなどを経て収穫。最後は、リンゴに値段がつけられる様子を市場で見学する。
「単なる作業ではありません。リンゴとともに子どもたちの心も育っていきます」。高木邦雄校長はそう話す。9月、台風9号が青森県を襲った時には、心配した生徒が様子を見に行った。
他人の木の面倒もみる。3年生をリーダーとする10人ほどの学年縦割りグループを作業単位とし、上級生が指導する。
リンゴとのかかわりは、総合学習の時間だけではない。美術の授業ではネームプレートやジュースのラベルを制作。東京への修学旅行ではPR活動として東京タワーや浅草寺でリンゴを配るなど教科を横断する。
取り組みを支えたのは地域の保護者の協力だった。冬場の剪定(せんてい)、薬剤散布などの専門的な作業は、保護者の半分を占めるリンゴ農家が手伝う。
さらに2年前から、中国、ベトナム、タイなど、アジアの留学生がリンゴ作りに加わるようになった。作業を教え、教えられる中で、生徒と留学生の交流も生まれた。
主力品種「ふじ」の収穫は11月。受賞とともに二重の「収穫の秋」となりそうだ。
ベビーシッター・ボランティアで、赤ちゃんを抱っこする女子生徒=静岡県沼津市で小さな子どもたちと一緒にジャングルジムに登ったり、ままごとをしたり。生後間もない赤ちゃんの世話をすることもある。片浜中のユニークなボランティア活動は97年から続いている。
この活動は、スクールカウンセラーの田村輝美さん(54)を中心に行っており、現在、全校生徒277人のほぼ全員が参加。近くの小学校の授業参観日に託児の手伝いをする「アタック・ルーム」、春・夏休みに、入園前の子どもを持つ親の交流会に参加して子どもたちと触れ合う「エンゼル・サロン」、一人暮らしのお年寄りの家を訪ねる「ふれあい・トーク」などさまざまだ。
1〜3年生計48人が参加する「ベビーシッター・ボランティア」では、小さな子どもがいる家庭を訪ね、面倒を見る。「小さな子と触れ合ったことがない」と話す生徒が多かったことから、田村さんが思いついた。
月曜日の午後4〜6時、2、3人1組で訪ねる。事前に「あいさつをする」「時間を守る」などの簡単な決まりごとを確認するだけで、特別な研修はない。このボランティアで初めて赤ちゃんを抱っこしたという1年生の浅田絢子さんは「結構重い。何か貴重品を持っている感じ」と話す。
ボランティア先の家庭からは「2時間たっぷり子どもと遊んでくれる」「忙しい時に子どもを見てもらえると助かる」との声が寄せられている。
田村さんは「小さい子と接することで、命の大切さを改めて感じ、これまで育ててくれた親へ感謝の気持ちを持つ。地域に年齢を超えた知り合いが増えることで、住みよい地域になるのではないか」と話す。
「いのちのつながり発見遠足」で見つけた生き物に、子どもたちは興味津々=愛知県豊橋市の汐川干潟で(上鷹見小学校提供)「うわー、カニがいっぱい」。6月20日、愛知県豊橋市の汐川(しおかわ)干潟。豊田市の上鷹見(かみたきみ)小学校から50キロ離れた海辺で全校児童39人が歓声をあげた。
学校の横を流れる一の瀬川は、三河湾につながっている。この日は授業で学んだことを実感するための「いのちのつながり発見遠足」。
カニ、ヘナタリ、ゴカイ……見つけた生物を記録した子どもたちは、先生の言葉に耳を傾けた。
「たくさんの生き物が暮らすこの海につながる一の瀬川を、みんなも汚しちゃいけないね」
上鷹見小の子たちが環境に目を向けて20年。きっかけは、かつて学校周辺には群生していたササユリだった。その数がある頃から減った。原因は環境破壊ではなかった。
「昔は、山で刈った下草を田んぼに埋めて肥やしにした」「山の木を枝打ちして、まきにした」
祖父母らの話がヒントになった。下草を刈った斜面には栄養が行きわたり、枝打ちした山には光が差し込み、ササユリの育ちやすい環境をつくっていた。だが、農家の多くは、いつしかサラリーマン家庭に。それなら、自然とうまくつきあっていく方法を探してみようと、環境学習を始めた。
7年前から地域の人たちとビオトープを作り始めた。川が汚れれば、水を引く池のメダカやカワバタモロコも影響を受ける。子どもたちの視線はやがて、川の水質や上流、下流の暮らしへと向けられていった。
学校の周りでは今、ササユリが咲き乱れる。わきにはプランターが並ぶ。環境学習を始めた頃から生育実験は続く。初心を忘れまいという思いは、先輩から後輩へとつながっている。
岩木山を望む学校のリンゴ園で5月に行われた授粉作業。小学生や留学生も手伝った=青森県弘前市で「では、紙は机にしまってください」。プリントでの説明が終わってからが科学クラブの「出前授業」の真骨頂だ。
10月6日、京都市左京区の旧小学校体育館で開いた授業は、テーマが恐竜。1時間かけて組み立てた体長10メートルの等身大の骨組みやツメの化石のレプリカなど、大きさや重さが実感できる手作りの教材に触れると、小学生に付き添って来た保護者まで興味津々になった。人工クラゲのつくり方や、カブトムシの幼虫探しなど「命」をテーマにした出前授業の評判は口コミで広がり、京都や大阪、滋賀などの小学校や児童館からの依頼が絶えない。00年から計170回、出向いた。
きっかけは99年、メダカが絶滅危惧(きぐ)種に指定されたこと。養殖する部員たちが「子どもたちに見せてあげたい」と小学校などに贈り始め、観察法を説明しに行くうちに「講座」になった。3年生の神谷麻梨さんは「『(卵を)つぶしていい?』とおどけていた子が、孵化(ふか)の瞬間に『僕にも育てられるかな』と感動してくれる」と話す。
約15人の部員が授業の合間や休日を使って年間約30回の出前をこなす。中身の工夫も絶やさない。顕微鏡の代わりに大小のビー玉を組み合わせた簡易観察セットを開発したり、手に入れた一つの化石を「全員が手にとれるように」と型どりして石膏(せっこう)で量産したり。
昨年から月に1度、京都大総合博物館でも、来館者を相手に授業している。同博物館の大野照文教授は「教材は実物に忠実な出来栄え。科学の楽しさを伝えようと工夫も行き届いていて、私たちも勉強になる」と話す。
人形の動かし方の指導を受ける児童たち=宮崎県都城市山之口町の「人形の館」でベベン、ベンベンベン――。三味線の伴奏に合わせ、哀愁を帯びた太夫の語りが響く。鎧(よろい)や着物をまとった50〜60センチの人形が舞台を動き回る。操るのは、宮崎県都城市山之口町の市立麓(ふもと)小学校の児童たちだ。
田園に囲まれた麓地区で300年近く上演されてきた「山之口麓文弥節人形浄瑠璃」。国の重要無形民俗文化財にも指定されている。保存会の会員が高齢化する中、94年から約30人の5、6年生が指導を受けている。年4回の定期公演に加え、年度最後の3月公演では児童たちだけでの発表会もある。
「大将は大将らしく、堂々と。人形に乗り移ったように動かすんだ」。月2回の土曜日、練習場となる「人形の館」では保存会最年長の武内功さん(77)の声が飛ぶ。
「古浄瑠璃」が残っているのは、新潟県佐渡市など全国4地域だけと言われている。3人で1体を動かす現在の浄瑠璃に対し、古浄瑠璃は1人で1体を操る。20分ほどの演目の間、操り続けるのは大人でも一苦労だ。
武内さんは「人形は首と手しか動かない。それだけで感情を伝えなくてはならない。そこが難しい」と話す。
来年3月の上演に向け、子どもたちは源平合戦を題材にした近松門左衛門の「出世景清」の練習に励む。主人公の景清役に選ばれた6年生の竹下舞斗君は「あこがれだった役。本当に生きているように動かしたい」。
活動が始まって14年目の今年、保存会に加わる卒業生も出てきた。会員の一人、山下博明さん(60)は「地道な活動の芽がようやく出てきた。300年後にも続けてほしい」と夢を膨らます。