朝日舞台芸術賞

第6回(2006年)受賞者(敬称略)

■舞台芸術賞 


中村吉右衛門「内蔵助になりきれたかな」


 秋の大舞台で、大役を見事に演じきった。初代の俳名を冠した初の「秀山祭」(9月、歌舞伎座)では当たり役を深め、初の通し上演「元禄忠臣蔵」の第1部(10月、国立劇場)ではトップを切って大石内蔵助を演じた。「初」づくし以外にも、因縁が多かった。
 初代の吉右衛門劇団のようなものを作りたいとかねがね思っていたが期が熟さず、一昨年、松竹の永山武臣会長に呼ばれて、初代の生誕120周年記念として「秀山祭」を初めて許可してもらったという。永山会長は12月に亡くなった。
 「永山会長が最後にご覧になった舞台が、秀山祭になりました。今となっては、置きみやげを下さったように感じています」
 「元禄忠臣蔵」は国立劇場開場40周年記念として上演されたが、自らも襲名40年に当たった。内蔵助は、79年の国立劇場で実父・白鸚の代役に立ったのが初役だった。また、付き合いの長い演出の真山美保も昨年3月に亡くなったばかり。
 「先立たれた方々が『頑張れよ』と言ってくれた思いです。養父と実父にも恩返しできた一年でした」
 秀山祭は今後も続け、初代の得意とした役を究めていきたいという。
 一方、内蔵助役は大変に疲れたと語る。「動きが少ないのになぜかと考えたら、討ち入りを決意するまで悩みに悩んだ、人物の葛藤(かっとう)を背負い込んだ毎日だったんです。多少なりとも、役になりきれたかなあ」

〈なかむら・きちえもん〉 44年生まれ。八代目松本幸四郎(白鸚)の次男で、母方の祖父・初代中村吉右衛門の養子となる。48年、中村万之助の名で初舞台。66年、二代目吉右衛門を襲名。02年、「仮名手本忠臣蔵」で芸術祭大賞。



受賞の記録

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主催:朝日新聞 後援:テレビ朝日