朝日舞台芸術賞

第6回(2006年)受賞者(敬称略)

◇選考委員の講評


○天野道映(演劇評論家)
吉右衛門のすごさ、感服 

 中村吉右衛門のすごさに目を見張った。先代初世吉右衛門生誕120年を記念する歌舞伎座9月・秀山祭で古典の力量を見せ、翌月は国立劇場の新歌舞伎「元禄忠臣蔵 第一部」の大石内蔵助役で客席を圧倒した。当代も先代の後を継ぎ、見事名優の座に列した。
 市川亀治郎も輝いていた。古典の技芸は若手の中では抜きんでている。ことに踊りは天才的で、地芸の成長も著しい。その腕がパルコ歌舞伎「決闘!高田馬場」でもいかんなく発揮されていた。新しい歌舞伎は古典の確かな継承の上に初めて成り立つ。


○大笹吉雄(演劇評論家・大阪芸術大教授)
段田の人間描写、高評価 

 「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない?」(オルビー作、ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出)や「タンゴ・冬の終わりに」(清水邦夫作、蜷川幸雄演出)などの演技で段田安則が受賞した。ことに前者の、壊れた人間関係の中で揺れる大学教授役のリアリティーの表出が、高く評価された。
 特別賞の小幡欣治は東宝の芸術座公演を支えた時代を含め、民芸に書き下ろした「喜劇の殿さん」に至るまで、劇作活動は半世紀を超える。しかも失敗作がほとんどない。今後への期待をも込めた顕賞である。


○小田島雄志(演劇評論家・東京大名誉教授)
得難い品性魅力の角野 

 角野卓造は、親しみやすい庶民性とけっして卑俗に堕さない品性を持ち味とし、楽しい芝居にかける人一倍強い情熱をユーモアにくるんで見せる、得難い俳優である。だから、井上ひさしが庶民の立場から考察した東京裁判3部作の(「夢の裂け目」「夢の泪(なみだ)」に続く)「夢の痂」でも、前2作同様、主役を演じて作者のメッセージをアピールできたし、所属する文学座の「ゆれる車の音」でも、東京ヴォードヴィルショーに客演した「エキストラ」でも、舞台の中心にあって共感の笑いを渦巻かせることができたのである。


○佐々木涼子(舞踊評論家・東京女子大教授)
完成度高いドナウの娘 

 何度も選考会で話題になりながら、国内公演が少なく賞を逃してきた山海塾だが、今回、新作でダンス初のグランプリを射止め、たいへん喜ばしい。
 東京バレエ団が日本初演した「ドナウの娘」は170年前に初演された作品をラコットが復元したもの。海外でもほとんど見る機会のない幻の名作が日本で上演されたのは快挙と言っていい。清純な恋と神秘的な川底の世界の冒険をしとやかな踊りが彩る舞台は、ロマンチック期の劇場へのタイムマシンのようだ。制作、演技ともに完成度が高い。


○森西真弓(「上方芸能」誌編集長・立命館大教授)
観客酔わす妖艶な麻実 

 女王や王妃を演じて右に出る人がいない日本一ゴージャスな女優、麻実れい。今度は「黒蜥蜴」のヒロインで存在感を示した。名探偵・明智小五郎との、スリリングな対決の中で問いかけられる至上の愛と美。麻実は妖艶(ようえん)な姿態に流麗なせりふを重ね、三島戯曲が描き出す甘美で危険な毒の花を魅惑的に表現した。劇中、紳士に変装して立ち去るうしろ姿がすてきに決まる。男装がこれほど似合う女優も他にはいない。
 芸術の香気を身にまとった上質の娯楽劇に、観客はたっぷりと酔わされたのである。


○山田洋次(映画監督)
「一流の舞台俳優」寺島 

 せりふ術や身体的な表現が巧みな、いわゆる上手な役者はたくさんいる。しかし、生きている人間の人生そのものともいうべき存在感を舞台にみなぎらせることができる人は、そうざらにいるものではない。
 「書く女」の、永井愛作品には珍しい無機質で抽象的な舞台空間は、寺島しのぶの魅力的な声とせりふ回し、そしてどっしりした存在感によってしっとりと肉づけがされ、感動的な作品となった。近年は映画女優として数々の賞に輝いているが、この仕事によって一流の舞台俳優であることが改めて実証された。


○山野博大(舞踊評論家)
山海塾、追求した姿結実 

 「時のなかの時――とき」は、天児牛大が率いる山海塾がひさしぶりに国内で発表した新作。日本の古典芸能には、古代から列島に広まる稲作労働の動作にかかわるものが多いが、山海塾の舞踏も田んぼのぬるぬると滑る泥の中での動きを思い起こさせる。彼らはその舞踏を1975年以来追求し、着実に洗練の度合いを高めてきた。「とき」はその成果のひとつだ。
 東京バレエ団による「ドナウの娘」の上演など、バレエの歴史を踏まえた年間を通しての活動は世界的に見ても意義あるものといえる。

※以上50音順、敬称略


○三浦昭彦(本社編集担当)
ダンス初の頂点、賞に幅 

 本賞も6回目を迎え、初めてダンス作品がグランプリに選ばれました。舞台芸術全般の優れた成果にお贈りしている賞の幅が一段と広がったと考えています。
 例年になく俳優の受賞者が多くなりましたが、特別賞は劇作の大ベテラン、小幡欣治さんに決まりました。今後とも、出演者、スタッフともに、多彩な人々や団体の活動に注目し、文化創造を応援していきたいと思っております。
 選考にあたっては全国の関係者の方々に、多大なご協力をいただきました。心よりお礼申し上げます。



受賞の記録

第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回

主催:朝日新聞 後援:テレビ朝日