
第7回(2007年)受賞者(敬称略)
◇選考委員の講評
天野道映(演劇評論家)
野田方法論の成果実る
「THE BEE」とは蜜蜂を指す。人の日常性に潜む暴力の毒針が、不意に互いを攻撃し始める。無機質で抽象的な舞台が、俳優の身体により、言葉よりも雄弁に立ち上がるのが、怖いようだった。野田秀樹の方法論の成果である。英国人による英語版と日本人による日本語版とでは、内面の暴力装置の回路が少し違い、そこも興趣がつきなかった。
松たか子はもともと優れた女優だが、このところ肩の力が抜けてきた。ことに「ロマンス」のチェーホフの妹マリヤ役は、自在な境地ですてきだった。
大笹吉雄(演劇評論家・大阪芸術大教授)
商業演劇の変質示した
三谷幸喜は「コンフィダント・絆」と「恐れを知らぬ川上音二郎一座」の2作で受賞した。前者は芸術家同士の友情があり得るかどうかを問い、後者は東宝の新劇場の第1弾として川上一座の最初のアメリカ公演をモチーフにした新作で、ともに群像劇というスタイルを採った喜劇だった。商業演劇における主人公の消滅は、その変質をも示唆する。
堀尾幸男は「朧の森に棲む鬼」「コンフィダント・絆」「THE BEE」(日本版)の美術が高い評価を受けた。劇空間を輝かせた忘れがたい仕事だ。
小田島雄志(演劇評論家・東京大名誉教授)
情熱・冷徹波打つ北村
北村有起哉は、触れれば火傷しそうな情熱の火柱と化す瞬間と、自分や周囲の人たちをぞっとするほど冷徹な目で見つめる瞬間を、くり返し波打たせる俳優である。
だから、パキスタン系イギリス人のシャン・カーンが書いた「CLEANSKINS/きれいな肌」で、イギリスの小さな町に住みイスラム教をめぐって家族と激しく争う息子サニーの心情を、日本人観客に理解させ共感させるような、しなやかな迫力をもって演じることができたのである。
佐々木涼子(舞踊評論家・東京女子大教授)
現代バレエの技巧駆使
「牧阿佐美の椿姫」は、胸の痛む純愛を19世紀パリの抒情的な雰囲気で描いた見ごたえのある大作で、堂々とグランプリを争った。美術、音楽ともに詩情ゆたかに演出された舞台だが、特に現代バレエならではの技法を駆使して緻密な心理劇を構築した振り付けが優れている。将来、日本バレエの貴重な財産となるだろう。「Life Casting―型取られる生命―」は、感性に優れたダンサー平山素子が多彩なアイデアでダンスと生命の意味を追究し、振付家として新境地を開いた傑作だ。
森西真弓(「上方芸能」誌編集長・立命館大教授)
歌舞伎史に残る名演技
玲瓏たる美貌に、ほとばしる情熱。「摂州合邦辻」の玉手御前は、恋を貫いて命がけで俊徳丸を守りぬく、若い継母の一途な姿をあますところなく描き出した。原作を重視し、義太夫狂言の音楽性を身にまとった坂田藤十郎ならではの情趣に富む。歌舞伎史に残る名演だ。南座顔見世では喜寿を記念して「京鹿子娘道成寺」を一人で踊った。前代未聞。その若々しさ、みずみずしさは驚嘆に値する。奇蹟を起こしたのは玉手御前か藤十郎か。進化と深化を同時に果たす、永遠の花形役者が示した神髄である。
山田洋次(映画監督)
前進座と共に波瀾万丈
157回目となる浅草公会堂の「俊寛」は絶品だった。共演者、舞台美術も見事だったが、なんといっても梅之助丈。去り行く船を見送る俊寛の別離の激しい悲しみの表現のあとに、ある種の決意のような静けさが現れて幕になる。前進座創立の前年に誕生し、前進座とともに生きてきたこの人の波瀾万丈の人生と、並々ならぬ現在の決意のようなものを、前進座ファンなら胸を熱くしてあの俊寛に重ねあわせて見てとったに違いない。名優への賛辞をこめた顕彰である。
山野博大(舞踊評論家)
平山、独特のおおらかさ
平山素子の「Life Casting―型取られる生命―」は、スケールを感じさせる壮大な構想力、それを伝える技術力を兼ね備えた舞踊作家の仕事ぶりを示すものだった。テーマの柔軟な解釈、意外性に富んだ舞台づくりには、独特のおおらかな持ち味がある。また「牧阿佐美の椿姫」は、バレエに日本的なたんたんとした語り口を持ち込み、それを無理なくなじませたという意味で、画期的な作品だった。美術、音楽、照明などを含めた総合的な完成度が高く、古典らしい風格さえ感じられた。
※以上50音順、敬称略
粕谷卓志(本社編集担当)
幅の広さと豊かさ実感
舞台芸術の優れた成果にお贈りする本賞も、7回目を迎えました。
現代を鋭く切り取ったグランプリ作品をはじめ、珠玉の芸で観客を酔わせたベテラン、清新さあふれる若手、多くの観客に愛される作家、磨き抜かれた美意識で作品を支えるスタッフと、多彩な方々の受賞が決まりました。舞台芸術の幅の広さと豊かさを改めて実感できる結果となりました。
選考にあたり全国の関係者の方々には今回も多大なご協力をいただきました。心より感謝いたします。
受賞の記録
第1回|第2回|第3回|第4回|第5回|第6回|第7回|第8回