朝日舞台芸術賞

第8回(2008年)受賞者(敬称略)

◇選考委員の講評 


大笹吉雄(演劇評論家)
「焼肉」、戯曲優れスタッフも充実

 新国立劇場の日韓合同公演「焼肉ドラゴン」(鄭義信作、梁正雄・鄭演出)は、上演直後からこの年の大きな収穫になるだろうとの呼び声が高かった。何よりも在日問題に真正面から取り組んだ鄭義信の戯曲が優れていた上に、日韓両国の俳優が火花を散らす緊迫した演技と、美術や照明などのスタッフの仕事が充実していて、全体としての達成度が非常に高かった。当然のグランプリである。
 秋元松代賞に輝いた市村正親は、ブロードウェーミュージカル「ラ・カージュ・オ・フォール」のアルバンと、サルトル作「キーン」のタイトルロールの演技によっての受賞だが、両者に共通するのはエンターテイナーとしての成熟。これもまた当然だと言っていい。


太田耕人(演劇評論家・京都教育大教授)
一期一会の空間に深い主題

 夕闇せまる琵琶湖のなかへ延びた舞台が、波に洗われ、水平線と溶けあう。大阪弁ケチャとよばれる独特の発話。巨大な美術。変拍子の音楽。踊り手が足を踏みならすたび、鋭く水しぶきが飛ぶ。戦時下のポーランド。戦災孤児となったユダヤ人少年、カイとアベルはナチの迫害を逃れる。だが戦後、反体制側のカイは新政府で働くアベルを誤って射殺してしまう。カインのアベル殺しの再現。私たちがみなアダムの子孫なら、戦争も民族紛争も兄弟殺しに等しい――。松本雄吉の「呼吸機械」は一期一会の空間に深い主題を担わせた。
 選には洩(も)れたが、「人形の家」の宮沢りえのリアリティー、新国立劇場バレエ団「デヴィッド・ビントレーのアラジン」の多彩な世界も私には忘れがたい。


小田島雄志(演劇評論家・東京大名誉教授)
神話世界の人物を白熱体で

 そのスケールの大きさ、声の奥深さなどで等身大では表現しきれない人間を舞台に現出させる平幹二朗は、わが国で随一のシェークスピア俳優といっていいだろう。その彼が、「リア王」と「山の巨人たち」で、神話的世界に生きる壮大な人物を、白熱体となって演じるのを見ることができたのは、大きな喜びである。また、栗田桃子が、「父と暮せば」で、原爆死した父(の亡霊?)と生きる娘・福吉美津江を、ひたむきに、しかものびのびと演じてくれたのはうれしかった。今まで数々の女優が演じてきたこの役に初めて取り組んで、父への思いをときには鮮明に、ときには体温まで感じられるようにあたたかく見せたのは、寺山修司賞にふさわしい演技だった。


佐々木涼子(舞踊評論家・東京女子大教授)
社会風刺もにおわすダンス

 舞踊賞に輝いたNoism08の「Nameless Hands〜人形の家」は、人形振りという日本の伝統芸能の手法を援用しつつ、それをまったく独創的に展開し、微妙な社会風刺もにおわせる現代的な作品に仕立てた。新しいダンスはとかく深刻で理屈っぽくなりがちだが、本作は観客を笑わせ、楽しませ、考えさせるエンターテインメント性のある舞台で、ダンサーの演技が生き生きと感じられた。新国立劇場バレエ団「デヴィッド・ビントレーのアラジン」も、ビントレーの巧緻(こうち)な振り付けにバレエ団がよく応え、08年の特筆すべき成果となった。各賞の選考でも大きな存在感を示したが、04年、07年と同バレエ団および牧阿佐美芸術監督が受賞したことから、今年は惜しくも受賞を逃した。


西堂行人(演劇評論家・近畿大教授)
「焼肉」と「呼吸」、突出した成果

 「焼肉ドラゴン」と「呼吸機械」の突出した成果が記憶に残る一年だった。前者は、関西のとある飛行場周辺で焼き肉屋を営む在日韓国人家庭の離散を描いたもの。日韓演劇人の共同制作が見事に開花し、単独では得られない哀感を生み出した。在日問題に正面から向き合った鄭義信は劇作家として大きく飛躍したと言えよう。松本雄吉と維新派による後者は、琵琶湖のほとりに立てられた水上舞台で幻想的なスペクタクルを現出した。戦時下のポーランドを舞台に、聖書の兄弟殺しからナチの大量虐殺を経て現在につながる「テロル」の歴史を批評してみせた。心に残ったのは平幹二朗演じるリア王。荘重さから存在の希薄な不条理感まで振幅のある演技は圧巻だった。


山田洋次(映画監督)
煙の先に昭和が動くのが見えた

 新国立劇場を埋めつくした観客の熱い興奮と共感の嵐のような拍手。大向こうから声をかけたくなるような、芝居を観(み)る喜びをたっぷり味わわせてくれた笑いと涙の名作「焼肉ドラゴン」。バラックから立ち上るホルモン焼きの煙の向こうに昭和の時代が動いてゆくのがくっきりと見てとれて「小さな焼き肉屋の大きな歴史を描きたい」という作者の意図は的確に表現されたと言っていい。日韓両国の俳優陣の圧倒的な存在感も素晴らしい。なお、残念ながら受賞を逸したが、デビッド・ルボー演出の「人形の家」、特に宮沢りえの演技の美しさが大きく評価されたことを書き添えたい。19世紀の物語の向こうに今の日本が見えて、その意味で実に現代的な作品だった。


山野博大(舞踊評論家)
日本人作家の期待込め「人形の家」

 選考の最終段階で舞踊関係の候補は、現代の女子高生の「生態」をコンテンポラリーの動きと結びつけたファビアン・プリオヴィユ&バレエノアの「紙ひこうき」、操っているつもりが実は操られている今の社会の現実を描いたNoism08の「Nameless Hands〜人形の家」、忙しい現代人をしばし美しい夢の世界に遊ばせてくれた新国立劇場バレエ団の「デヴィッド・ビントレーのアラジン」の3本に絞られた。そこから1本ということになり、悩みに悩んだ末に、日本人舞踊作家として期待の大きい金森穣による「Nameless Hands」を選んだ。この作品には、りゅーとぴあ所属のスタッフ、キャストの総合力が欠かせないものだったので、授賞対象をNoism08とした。


※以上50音順、敬称略


粕谷卓志(本社編集担当)
全国の活動から幅広い収穫 

 舞台芸術の優れた成果を顕彰させていただく本賞は今年、8回目を迎えました。日韓演劇人が協力して、歴史を見据えながら在日コリアン社会の深い哀歓を描いたグランプリ作品をはじめ今回も多彩な受賞結果となりました。重厚な、あるいは円熟味を帯びた演技で客席に感動を運んだベテランたち。スペクタクルの手法で現代的テーマを提示した作品。エンターテインメント性の高い舞踊作品。清新な若手。選びがいのあった魅力的な人・作品ばかりです。しかも首都圏だけでなく、全国の活動から幅広く収穫が得られ、舞台芸術の豊かさを改めて実感いたしました。選考にあたり全国の関係者の方々には今回も多大なご協力をいただきました。心より感謝いたします。



受賞の記録

第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回

主催:朝日新聞 後援:テレビ朝日