手塚治虫文化賞

第5回特別賞

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特別賞

丸山 昭 「トキワ荘に集った多くの作家を育てた功績に対して」

《優れた才能の作家に出会えた幸運》

 雑誌の編集者は、作家という役者を舞台に上げて、ベストの芝居が演じられるように裏方を務めることが仕事です。自分が表に顔を出すことはありません。その、単なる裏方の一人であった私が、舞台に上げられてこのような賞を頂くことには、いささか面はゆく、戸惑いを感じています。

 私が担当した先生方が、それぞれにまんが史に残る業績をあげていらっしゃることは、私のひそかな誇りではあります。しかし、その方々を私が「育てた」というのは、欲目に見てもいささか過大な評価です。私はただ活躍の場を提供しただけで、皆さんがその場を足がかりに、それぞれの実力で伸びていったのです。私は幸運にも、優れた才能を持った作家に出会い、担当する機会に恵まれたに過ぎません。

 編集者時代に一番長くお付き合いいただいた手塚先生の名を冠した賞を頂くことを、また、お互いに未知の少女まんがに腕を組んで挑んだ石ノ森さんと同じ賞を頂くことを、心から光栄に思います。


《丸山 昭》

 まるやま・あきら。1930年、山梨県生まれ。53年、学習院大学哲学科卒業と同時に講談社に入社。以降64年までに『少年クラブ』、『ぼくら』、『少女クラブ』(編集長)、『週刊少女フレンド』(副編集長)等の編集部勤務。55年夏、担当の手塚治虫のところで居催促をしていたとき、訪ねてきた投稿マンガ家時代の石ノ森章太郎、赤塚不二夫、長谷邦夫らと出会う。マンガ関係ではほかに、うしおそうじ、水野英子、ちばてつや、東浦美津夫など多数の作家を担当。とくに石ノ森、赤塚、水野を担当した56年から数年間はトキワ荘通いに明け暮れる。65年、米国の美術通信教育を導入した講談社フェーマス・スクールズの設立に参加(専務取締役)、98年同社退社。現在は講談社OBの会、講談社社友会の事務局長。 著書=『マンガのカンヅメ』(ホルプ出版/93年)、『トキワ荘青春物語』(共著/蝸牛社/95年)、『トキワ荘実録』(小学館文庫/99年)ほか。

※受賞者プロフィールは当時のものです。