手塚治虫文化賞

第2回マンガ大賞

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マンガ大賞

関川夏央 谷口ジロー 『「坊っちゃん」 の時代』(双葉社)

《「思想」を主人公とした物語(関川夏央)》

 八十年代なかば、冬のある午後だった。旧知の編集者に、マンガ作品を発想してくれないかといわれたとき、私は小考ののち、「日本近代とは何か」という主題でなら、と答えた。断られるだろうと思ったのに、彼は案に相違して諒とした。それから十二年あまり、いくたびかの 私は年来日本近代について考えてきた。ただしその表現については、評論、小説、評伝、あえて多岐にわたりたいとひそかに意図していた。また私は、散文の優位性を必ずしも信じていなかった。マンガは日本近代思想の物語を盛るに足る器であるという見通しと、共作を実験することへの興味が、当時ふたつながら私にはあった。

 物語マンガというジャンルを確立し、Manga という言葉を世界的なものとした偉大な先達・手塚治虫の名を冠した賞を受けることは、そのような私にとって、まさに喜ばしい限りである。

《漫画表現の新たな道を探る(谷口ジロー)》

 偉大な先達の名を冠した賞を受賞できたことを、とてもうれしく思っています。  正直なところ望外の受賞に実感が湧かず、戸惑いも感じていますが、関川夏央さんとの共作である『「坊っちゃん」の時代』で受賞できたことは、私にとって大きな喜びです。

 思えば二十年前の関川さんとの出逢いが、私の幸運の始まりであり、また、漫画表現の新たな道を模索するという私たちふたりの無謀な冒険のスタートでした。

 なかでも受賞作は、関川さんの脚本と格闘する過程で、様々な方法の実験を試み、修練を重ねながら、私がそれまで描いたことのない表現方法をいささかなりとも紡ぎだすことができたと思っています。

 さらに、簡潔で鮮やかな装丁が、「坊っちゃんの時代」という明治を一層際立たせる造本となったこともまた、私にとって大きな幸せでありました。本当にありがとうございました。


《関川夏央》

 せきかわ・なつお。1949年、新潟県生まれ。上智大学外国語学部中退。83年『ソウルの練習問題』、84年『海峡を越えたホームラン』で日韓文化の衝突をルポルタージュ、第7回講談社ノンフィクション賞を受賞した。その後、小説、エッセイ、マンガの共作と幅広い活躍を続ける。主な著書は『水のように笑う』『知的大衆諸君、これもマンガだ』『よい病院とはなにか』『「ただの人」の人生』『水の中の八月』『砂のように眠る』『戦中派天才老人・山田風太郎』『二葉亭四迷の明治四十一年』『中年シングル生活』『退屈な迷宮』『事件屋稼業』など。

※受賞者プロフィールは当時のものです。


《谷口ジロー》

 たにぐち・じろー。本名・谷口治郎。1947年、鳥取県生まれ。72年に『嗄れた部屋』でマンガ家としてデビュー。74年『遠い声』がビッグコミック賞の佳作に入選。『サムライ・ノングラータ』(矢作俊彦)、『餓狼伝』(夢枕獏)、『事件屋稼業』(関川夏央)など共作の作品も多い。ハードボイルドと動物ものの作品に傑れ、『犬を飼う』で92年に第37回小学館漫画賞を受賞。95年には日常の風景を描いた『歩くひと』のフランス語版が出版された。今回の受賞作『「坊っちゃん」の時代』は「漫画アクション」に86年から連載を始め、97年の第5巻をもって完結した。

※受賞者プロフィールは当時のものです。