手塚治虫文化賞

第9回 手塚治虫文化賞

2005年05月10日 朝刊

 スケールの大きなサスペンスあり、ヒロシマ後の「生」を描いた佳品あり。戦後のマンガ文化に大きな足跡を残した手塚治虫さんの業績を記念する「手塚治虫文化賞」(朝日新聞社主催)の第9回受賞作は多彩な顔ぶれとなった。

 昨年発行されたすべてのマンガ単行本の中で最も優れた作品に贈るマンガ大賞は、手塚さんの「鉄腕アトム」の1編を浦沢直樹さんが大胆にリメークした「PLUTO(プルートウ)」。清新な才能や斬新な表現に与えられる新生賞には、「夕凪の街 桜の国」で原爆の悲劇を静かに訴えかけたこうの史代さんが選ばれた。短編・4コマ・1コマ作品を対象とする短編賞には、「上京ものがたり」「毎日かあさん」で切ない叙情と日常ギャグを鮮やかに描き出した西原理恵子さん。マンガ文化の発展に貢献した個人・団体に贈る特別賞の川崎市市民ミュージアムは、マンガ作品や資料の収集、企画展開催などの活動が評価された。

 大賞・新生賞・短編賞は選考委員が合議で決め、特別賞は朝日新聞社が選んだ。贈呈式は6月7日午後5時半から、東京・丸の内の東京会館で開かれる。

選考経過

<面白さと衝撃度で再び大賞>

 マンガ大賞は、選考委員を含むマンガ関係者の推薦と読者投票を参考に、1次選考対象作品を選出。選考委員が持ち点15点(1作品最高5点まで)で投票をし、大賞候補を上位9作に絞った。

 最終選考委員会では、多くの委員が上位に挙げた「PLUTO」に議論が集中。ロボットや人間を狙った連続犯罪のサスペンスに、各国のロボットの“生き様”を絡め、「切り込み方、構成、画力、どれも高水準」(萩尾望都さん)と評価された。手塚治虫原作である点は「原作から新たな独自の世界を作り上げている」(いしかわじゅんさん)との意見が大勢を占めた。

 議論はむしろ、作者浦沢直樹さんが第3回の大賞を得ていることに集中した。過去に2度受賞したケースはなく、「2度あげるより、できるだけ多くの人に賞を与えるべきだ」「2回目の場合、ハードルは高い」といった意見が出された。

 関川夏央さんと呉智英さんは「作者の強い思い入れが伝わる」(呉さん)などとして近藤ようこさんの「水鏡綺譚」を推したが、結局「PLUTO」が「面白さとインパクトで昨年を代表する作品」(マット・ソーンさん)といった声を集め、受賞が決まった。

 大賞候補にも入ったこうの史代さんの「夕凪の街 桜の国」は、ほぼ全員一致で新生賞に。短編賞は、表現の幅と内容の充実ぶりが目立った西原理恵子さんの「上京ものがたり」「毎日かあさん」に決まった。(小原篤)

社外選考委員の方々=敬称略、50音順

  • 荒俣 宏(作家)
  • いしかわじゅん(マンガ家)
  • 香山リカ(精神科医)
  • 呉 智英(評論家)
  • 清水 勲(漫画・風刺画研究者)
  • 関川夏央(作家)
  • 萩尾望都(マンガ家)
  • マット・ソーン(文化人類学者)

1次選考結果(7位まで)

  • (1)「PLUTO(プルートウ)」(浦沢直樹・手塚治虫作、長崎尚志プロデュース、手塚眞監修、手塚プロダクション協力/小学館)=24点(いしかわ5、清水5、ソーン5、萩尾5、香山4)
  • (2)「ヒストリエ」(岩明均/講談社)=15点(ソーン5、香山4、呉3、関川3)
  • (3)「水鏡綺譚」(近藤ようこ/青林工芸舎)=11点(呉5、関川3、香山2、清水1)
  • (4)「のだめカンタービレ」(二ノ宮知子/講談社)=7点(ソーン5、香山2)
  • (4)「舞姫テレプシコーラ」(山岸凉子/メディアファクトリー)=7点(荒俣4、清水2、いしかわ1)
  • (6)「夕凪の街 桜の国」(こうの史代/双葉社)=6点(荒俣4、呉2)
  • (7)「団地ともお」(小田扉/小学館)=5点(呉5)
  • (7)「百鬼夜行抄」(今市子/朝日ソノラマ)=5点(萩尾5)
  • (7)「リアル」(井上雄彦/集英社)=5点(萩尾5)

選考委員評

マンガ大賞
*浦沢は、これほどの水準のものを描きながらまだ力を余しているように見える。(いしかわじゅん)
*名作小説の実写版を見ているような臨場感と興奮を読者に与えてくれる。全体を浦沢作品独特の終末感ともいえる暗さが覆っているのもよい。(香山リカ)
*第1巻の最後、アトム登場の場面には鳥肌が立つ。(マット・ソーン)
新生賞
*傑作などと呼ばれる必要はない。この作品は誰もが必ず一度は読んで心にしまっておく「財産」になるだろう。(荒俣宏)
*声高に反戦・反核を叫ぶのではなく、一人の人間がいやおうなく歴史と切り結ばざるを得ない悲劇を、淡々と描いている。(呉智英)
*病に伏す主人公と見舞客の対話をコマ枠と文字だけにした場面など、印象的な表現は才覚を感じさせる。(清水勲)
短編賞
*〈上京ものがたり〉 大都会と一人の少女の関係を、精密に“私小説風”に描いた。西原の新境地だ。(関川夏央)
*〈毎日かあさん〉 神経に訴える、パンチの効いたギャグ。ボディーで受け止める、かあさんの汗となみだ。そして、ほろりとさせる、余韻。ううむ、天才だなあ。(萩尾望都)