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東京で新聞発行を始めて130周年を迎えます東京本社

 皆さまこんにちは。桜の季節もあっという間に過ぎ、葉桜の季節となりました。

 ところで、連日紙面をにぎわせていた平昌五輪・パラリンピックはご覧になりましたか? 東京本社も連日盛り上がっておりました。今年はロシアでサッカーワールドカップもあります。そしてなんと! 7月10日は朝日新聞が東京で発行を始めて130周年になる記念日 なのです。今日は少しだけ「東京朝日新聞」の歴史 をご紹介したいと思います。

 朝日新聞は明治12(1879)年に大阪で創刊されてから9年後の1888年、悲願であった東京進出を果たしました。当時すでに取材拠点として東京支局はありましたが、大阪で印刷したものを輸送するよりも、新鮮なニュースで東京の人にも満足してもらえる紙面を作るために創立したそうです。

 「めさまし新聞」の社員と発行号数を丸ごと引き継ぎ「東京朝日新聞」が創刊されました。当時の東京では大小16紙が読者獲得にしのぎを削っており、新参者である東京朝日新聞が発行部数を増やすためには様々なドラマがありました。

 有楽町社屋の模型

 名実ともに報道新聞となったのは、日清・日露戦争時。いちはやく戦線の事実を伝えるために従軍記者を派遣し、従軍が許可されなければ独自に船を仕立てて戦況取材を行ったとも記録が残されています。

 1907年の夏目漱石入社を始め、1909年には石川啄木が入社し、様々な著名人も社員として東京朝日新聞製作に携わりました。

 1923年に関東大震災で滝山町に構えた社屋が全焼したため、有楽町社屋へ移転(写真は有楽町社屋の模型)。

 この関東大震災時には入社半年の新米記者が、橋が落ちた相模川を泳いで渡り、泥だらけになりながら約3日をかけて大阪本社に情報を届けたそうです。

 そして1980年、有楽町駅前の再開発に伴い、東京本社は築地へ移転しました。

 朝日新聞東京本社 築地社屋
( ↑ 写真は築地社屋)

 鉛の活字ではなくコンピューターによる紙面作成を始めたのは、新社屋に移転したこの年から。有楽町社屋で鉛の活字を用いて発行された新聞の『最終号』には「『有楽町の朝日』最後の日」という記事や社告が掲載 されました。

鉛の活字を用いて発行された新聞の『最終号』

 移転してから今年で38年。現在は迫力ある高速輪転機や、繊細な作業もこなす発送準備現場の機械、編集フロアを支えるたくさんのパソコンや独自システムなど、最新機器に囲まれて新聞製作を行っています。歴史を振り返りながら見学していただくと、また少し違った楽しみ方ができるかもしれません。ぜひ皆さまの目で現在の様子をご覧ください。

 皆さまのお越しをお待ちしております。


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みづき みづき
もともと映画は好きですが、今話題のインド映画『バーフバリ』との出会いは衝撃でした。そのせいか、この2カ月間は高頻度でインドカレーを食べています。


東京本社見学のご案内

東京本社写真

世界中のニュースが集まる新聞社の心臓部、編集局。超高速の輪転機がフル回転する印刷工場。実際に朝日新聞東京本社に入って新聞づくりの現場を間近にご覧いただくミニツアーです。係員がわかりやすくご案内します。小学校4年生以上、2名以上から参加できます。必ず事前の予約が必要です。【→東京本社の見学コースについて】


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