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東日本大震災に寄せて

朝日新聞社CSR報告書・会社案内

東日本大震災に寄せて

日本再生へ、読者とともに

 3月11日に発生した東日本大震災は死者・行方不明者が3万人を超える未曾有の大災害となりました。東京電力福島第一原子力発電所の事故は依然、予断を許さない状況が続き、16万4千人もの方たちが避難生活を強いられています。戦後最悪の大災害にあたり、新聞社が果たすべき役割は何か。報道は、販売は、工場は、震災にどう対応し、これから何をするのか――。「こんな時こそ新聞の出番だ」。秋山耿太郎社長は4月1日の入社式で、新しい仲間にそう語りかけました。紹介します。


そのとき朝日新聞は〜東日本大震災

 巨大な津波や原子力発電所の事故。世界の目が釘づけになった東日本大震災の日、新聞づくりがどのように行われ、読者の手元に届けられたのか。「3・11」を振り返ります。


現場で

どんな状況でも、伝え続けたい――社会部

 3月11日午後4時12分、ヘリで東北へ向かった。海岸沿いを上空からルポ、福島県いわき市などの取材をした後、孤絶して情報がまったくなかった宮城県女川町に。12日早朝から、歩いて、歩いて到着した町には、バッテリーの切れかけた衛星携帯電話が1台だけ。がれきや横倒しのビル、「これを外に伝えて」という町長の訴えなど、町の状況はやっと翌13日の夕刊に掲載できた。そして、震災3カ月後から、被災地ルポを兼ねた「鎮魂を歩く」の連載が始まった。残された人々の悲しみを揺さぶり返すのではないか、と戸惑いながらも、失われた命を数の巨大さに埋もれさせず、伝え続けたい。

闇に揺れる懐中電灯――航空部

 航空部はいち早く読者に情報を伝えるため、羽田空港、大阪・伊丹空港、福岡空港の格納庫に配置された社有機(小型ジェット機1機、ヘリコプター3機)を出動させ、空撮や取材にあたった。空から被災地を見た航空部員はかつてない被害の大きさに息をのみ、当時の部員38人は昼夜を問わない運航に追われた。

それでも届ける――販売局

 「どうしても新聞が読みたい」「なんとかニュースを届けて」 そんな声が、朝日新聞社にこれほど多く寄せられたことはなかったかもしれません。3月11日の東日本大震災。長く、大きな揺れがおさまったあと、東京本社の販売局としてまず考えたのは、翌日の朝刊をどうやって配達するか、ということでした。

被災 紙もインクも――印刷工場

 朝日新聞を刷る印刷工場も被災しました。仙台工場は、発生翌日の12日になっても電気・水道などのライフラインが復旧せず、復旧のメドが全く立たない状況でしたが、震災後約2週間で工場を再稼動させました。仙台工場が止まっていた間は急遽、東京・築地と青森県弘前市の印刷工場で印刷し、被災地域へ運びました。

伝える

原発事故 「なぜ」原点に報道し続ける

 私は20余年の記者時代、高速増殖原型炉もんじゅのナトリウム漏れ、核燃料加工会社ジェー・シー・オー東海事業所の臨界事故など、多くの原子力事故の取材にかかわってきました。しかし、今回の事故は、それらとはまったく次元が違っています。「とんでもないこと」が起こり、それはいまも続いているのです。

情報をいち早く デジタル・コンテンツ事業部門

 アサヒ・コムは発生わずか後にニュース特集「三陸沖地震」を立ち上げ、発生2時間後には、ほぼ全ページを震災関連に変えました。夕方から深夜にかけては、混乱する首都圏の通勤者、帰宅者向け情報発信に努め、発生翌日からは、被災者向け情報をあらゆる端末、メディアに発信することに力を注ぎました。「避難した方々」に収容した名簿はグーグル社にも提供、より多くのユーザーに利用されることになりました。



支える

厚生文化事業団に善意続々 震災孤児に「こども応援金」

 朝日新聞社と朝日新聞厚生文化事業団は、東日本大震災で被災した方々のために、発生翌日の3月12日、「東日本大震災救援募金」の呼びかけを紙面で始めました。この6カ月で寄せられたご寄付は約8万件、ニュースキャスターの久米宏さんからの2億円、朝日新聞社からの1億円を含めて総額は約30億円にのぼっています。


震災写真展、国内外各地で開催 「共感」届けたい

 震災の報道写真を展示することで「記録し、伝える」という新聞社の使命を果たしながら、被災者の生活再建支援の一助になれば。そんな思いで、朝日新聞社と朝日新聞厚生文化事業団が救援チャリティー写真展「声、届け。ともに歩む」(特別協力 凸版印刷、日本通運)を東京・有楽町朝日ギャラリーで開催しました。

緊急支援の文具贈る ベルマーク教育財団

 被災した岩手、宮城、福島、茨城4県の学校や子供たちへの支援を続けている公益財団法人「ベルマーク教育助成財団」は、4月に第1次緊急援助分のノート10万冊、鉛筆10万本、パステルクレヨン(16色)3千個を贈ったのに続いて、7月には4県の小中学校、特別支援学校207校を対象に1校当たり50万円を限度に教育設備品を贈ることを決め、8月から送付を開始しました。


特別企画 被災地オーサー・ビジット

 子どもたちに人気の本の作家が、全国の小中高校を訪ね特別授業をする「オーサー・ビジット」の特別版として、絵本作家や小説家のみなさんが福島、宮城両県の4校を訪れました。


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