トップコミットメント
朝日新聞社は何を目指しているのか。CSR(企業の社会的責任)をどう考え、どのように取り組むのか。代表取締役社長・木村伊量に、2013年4月に発足したブランド推進本部本部長・石田一郎が聞きました。
代表取締役社長・木村伊量
【石田】 朝日新聞社が社会に対して果たすべき責任とはどのようなものと考えていますか?
【木村】 世の中にさまざまな情報があふれ、人びとの価値観が激しく揺れ動く中で、正邪を見分け、真実が何かを見極めることはますます難しくなっています。そのぶん、鍛えられたプロフェッショナルの視点で何が本物かを見分けるジャーナリズムの役割は大きくなっています。民主主義の土台である、誰もが互いを尊重しつつ自由にものが言い合える言論空間をつくることは、ジャーナリズムの責務であり、どんなに時代が変わっても果たすべき役割です。
朝日新聞社はこの国と社会に欠くことができない代表的な言論・報道機関としての使命を担っており、公器にふさわしい「志のある企業」であり続けたいと願っています。権力をチェックし、不正や暴力、いわれのない差別と断固として戦う。平和で豊かな社会の創造のために貢献する。これらは改めて言うまでもない普遍的な使命ですが、加えて朝日新聞社が未来に向けて大事にしたい指標として「イン・デプス(in-depth)」「デジタル」「グローバル」の3つをあげたいと思います。
「イン・デプス」とはつまり、深く掘り下げるということですね。変化の激しい世の中だからこそ、一歩踏みとどまって、深く、広く物事を突き詰めて考えていくことが大切です。地をはう粘り強い取材をもとにした朝日新聞にしかできない独自の調査報道や、焦点深度が深い論考を読者の皆さんにお示ししていきます。新聞は刻々と変化する世界の鼓動を伝える「歴史の秒針」みたいなものです。出来事の意味は? 背景は? そして、これからどう展開するのか。独自の視点で情報や分析を整理して読者に提示する。たとえて言うなら、新聞は専門のシェフが腕によりをかけて毎日お客様にお出しする「シェフのお任せ料理」のようなものでしょうか。新鮮な素材に、秘伝のソースを添えて、「これぞ」というメニューを朝日レストランでお出ししていきたいと思います。
【石田】 プロフェッショナルが凝縮した情報を出すということですね。ただ、いまは紙だけでは通用しないネット時代となっています。この変化にどのように向き合うのでしょう?
【木村】 テクノロジーや世の中の変化を捉え、全ての人に意味あるメディアへ生まれ変わり続けるための取り組みを「未来メディアプロジェクト」と位置づけ、不断の改革を進めています。まさに「デジタル」は変化に対応するために欠かせないツールです。私たちは「紙とデジタルのハイブリッド化」をめざすという旗を掲げ、2011年5月に「朝日新聞デジタル」を世に送り出しました。おかげさまで、紙の新聞の魅力がデジタルでも味わえる商品として高い評価をいただいております。紙の新聞が主力商品であることは変わらないと思いますが、メディアの世界は日進月歩で進化しており、常に変化の波動に耳を澄ます必要があります。紙の新聞にあまりなじみのない「デジタル・ネーティブ」世代とも呼ばれる若い皆さんにも、新聞の大切さ、おもしろさを味わってもらえるように、コンテンツや画面デザイン、使い勝手を点検し、チャレンジを続けたいと思います。
遠い地球の裏の国で起きたことが、瞬時に私たちの暮らしに影響する時代です。日本の将来を考える上でも「グローバル」な目配りは欠かせません。深く掘り下げた取材で他の追随を許さない中国・朝鮮半島をめぐる報道や、リアルな視点で地球上のさまざまなテーマに迫るコンパクト版の「GLOBE」、英語や中国語による積極的な情報発信など、質の高いグローバルな総合情報企業への飛躍をめざしています。
ブランド推進本部本部長・石田一郎
【石田】 「メディアラボ」という組織が6月に発足しました。その狙いは?
【木村】 創刊から134年の長い伝統を誇る朝日新聞のよきDNAを引き継ぐと同時に、一方では思い切ってその伝統を断ち切るくらいの気持ちで新しい世界に挑戦する勇気がなくては、次の発展は望めません。これまでにない新鮮な感覚と発想で、新たな商品開発や事業展開をとことん考えてもらうための組織が「メディアラボ」です。若い世代や社外からも広く人材を求め、わいわい、がやがやと自由闊達にアイデアをぶつけあうところから、思いがけない化学変化が起こるのではと期待しています。新聞が進化し続けるための「実験工房」というところでしょうか。
【石田】 米国でもっとも影響力のあるニュースサイト「ハフィントン・ポスト」と提携し、日本版を5月に始めたのもそうした方針の一環でしょうか?
【木村】 そうですね。ウエブの世界はますます進化すると思います。本格化するコンテンツの大流通時代に向けて、新聞記者もカメラで写真だけでなく動画も撮り、朝日新聞デジタルに流したり、系列のテレビ局に送ったりするのが当たり前になる時代。デジタル・フレンドリーの皆さんに、新しいスタイルの「言論の広場」を提供したいという思いからです。
【石田】 変化に対応するには、なんといっても人材が大事ですね。
【木村】 朝日新聞社が誇る最も大切な資産は、どこにも負けない豊かな人材です。広い知識と健全な常識、バランス感覚を兼ね備えたゼネラリストがたくさんいる、最高水準の「知の集団」が朝日新聞社でありたいと思います。そうはいっても、お高くとまった頭でっかちの集団ではいけません。新聞社が迎えたい人材に求めるのは、ひたむきであること、自分の枠にとらわれずにチャレンジする意欲とタフさがあること、そして謙虚であることです。「大きな口ではなく、ウサギのように長い耳を持ってほしい」と新入社員の皆さんには話しています。世間の水に磨かれて、大きく育っていくのですから、まずは聞き上手になることが大事だと思いますね。
新聞の優劣を決めるのは、世の大勢におもねることなく、さまざま問題に正面から切り込む記事の鋭さであり、バランスのとれた奥行きのある論評です。同時に「朝日新聞を読むとホッとする。鋭く、深いけれど、どこか温かいな」と読者の皆さんに感じてもらえることも心がけたいと思います。
【石田】 社会との関わりという点では、CSRが重要ではないでしょうか?
【木村】 朝日新聞社は2004年、人権や環境など社会の持続的発展のための原則を定めた「国連グローバル・コンパクト(GC)」にいち早く参加して、企業市民として社会的責任を果たすことを宣言しています。こうした原則も踏まえながら、CSR活動はこれまで以上に大事にしたい。朝日新聞社は新聞発行以外にも様々な事業を展開しています。優れた芸術作品を国内のみならず世界中から集めて紹介して文化の向上に貢献したり、吹奏楽や合唱で若い人たちを応援したり。阪神甲子園球場で毎年8月に開かれる全国高校野球選手権大会は、日本最大の「真夏の祭典」として多くの高校野球ファンに愛されています。東日本大震災の復興支援も重要な社会貢献のひとつです。
震災では、新聞を読者に届ける朝日新聞サービスアンカー(ASA)の所長さんやアルバイトの店員さんら6人も犠牲になりました。そんな中でも各地のASA従業員の皆さんが新聞の束を被災地の避難所まで、悪戦苦闘しながら運び込みました。それは、困難な時だからこそ正確で役に立つ情報を、できるだけ速くお届けしたいという使命感からにほかなりません。被災者の皆さんが食い入るように新聞を読み、「いざというときは、やはり新聞の情報が頼りになる」と語ってくれた姿に、私たちは新聞の持つ公共性、社会的責任の重さをあらためて教えられたものです。被災地の苗木を被災地以外の学校で育ててから植樹する「緑のバトン」や、国内外で展開し続けている震災報道写真展など様々な形で貢献を続けています。

【石田】 ブランド推進本部を4月に立ち上げました。朝日新聞社のブランドとは?
【木村】 毎日の仕事やくらし、教育に役立つ正確な情報を皆さんに提供する。公正で質の高い言論・報道活動やCSRを通して社会や地域に貢献していくのだという決意をお伝えし、共感していただく。地道ですが、それがブランド戦略の基本だと考えています。
朝日新聞は他紙に先駆けてオピニオン面をつくりました。世の中には多様な意見や見方があります。朝日新聞社としての見解はおもに社説というかたちで世に訴えますが、もちろん、反論、異論はあるでしょう。そうした声も幅広くお伝えし、読者の皆さんにさまざまな角度から考えていただく材料を提供すると同時に、私たちとしても独善に陥らないように戒める。言論のフォーラム機能を高めていくことは、メディアの役割として、これからますます大きくなっていくと思います。








