ともに考え、ともにつくる インタビュー(アートコーポレーション・寺田千代乃社長)
はじめに

  様々な分野で活躍している方を朝日新聞社の渡辺雅隆社長が訪ねる連載「ともに考え、ともにつくる インタビュー」の6回目は、引っ越し会社アートコーポレーションの寺田千代乃社長に登場していただきました。

 寺田社長は、引っ越しを専業とする「アート引越センター」を創業し、お客様の「あったらいいな」の声に基づくサービスの数々で同社を大きく成長させました。今は、引っ越し業にとどまらない多様な事業を展開し、働きながら子育てをしたご経験から保育事業にも取り組んでいます。多角経営の狙いや女性の働き方についてのお考えなどをお聞きしました。

 「ともに考え、ともにつくる インタビュー」は、3カ月ごと年4回のペースで更新していく予定です。


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【ともに考え、ともにつくる インタビュー】
「あったらいいな」をやってきた
( アートコーポレーション・寺田千代乃社長 × 朝日新聞社・渡辺雅隆社長 )


▼ アートコーポレーション・寺田千代乃社長 のプロフィールはこちら

 


渡辺社長(以下、渡辺) 引っ越し業を専業としている会社が珍しい時代に創業しました。


アートコーポレーション・寺田千代乃社長

寺田千代乃・アートコーポレーション社長(以下、寺田)   引っ越しは運送会社が閑散時に請け負っていました。きっかけはオイルショックです。当時、主人(会長の寿男氏)と小さな運送業を営んでいましたが、別の仕事をしなければまわりません。お金はありませんでしたが車と人はあったので、何をしようと考えた時に引っ越しを思いついたのです。


渡辺  電話番号を覚えやすい「0123」にしたり、電話帳の最初に載るような社名をつけたり、という工夫が合理的ですごいと思いました。高額な費用がかかるテレビコマーシャルも流しましたよね。


寺田  資金はありませんでしたが、テレビのコマーシャルは非常に魅力的でした。当時の売り上げが3億円に届いていない中で、コマーシャルには3千万円。金融機関の方に「テレビのコマーシャルはお金に羽が生えて飛んでいきます」とも言われ、とても大きな挑戦でした。でも、たまたまラジオ番組で取材を受けた時、番組が終わっていないうちから「今度引っ越しをする際にはアートに頼みます」というような電話が7本ほど入り、この素早い反応は魅力的に感じました。引っ越し業というものがない中、私たちがそれをやりますということを、ラジオでこうなら、テレビではもっと訴えられるのではないかと思ったのです。


渡辺  新居に入る前に靴下を履き替える「クリーンソックスサービス」や、スタッフが女性だけの「レディースパック」など、こまやかな気配りによる独自のサービスをどんどん始めました。


寺田  お客様の声を採り入れながら、あったらいいな、というものをとりあえずやってみた結果です。小さい会社ですから、だめだったらやめればいいという感じでした。

 クリーンソックスサービスは、お客様からいただいたお電話がきっかけです。引っ越しの際、タンスを動かすと、ほこりがいっぱいたまっています。それを踏んだ足で新居に入ると、汚れてしまいます。お客様はスタッフが一生懸命なので、直接には言いにくかったということでした。レディースパックはマンションの開発業者の方と話していて思いつきました。独身女性のマンション購入率は結構高いと聞き、そういう方たちは引っ越しをどうなさっているのだろう、と思ったのです。女性には、他人に触ってほしくないものがあります。だからスタッフも女性にした方がいいのではないかと考えました。家族暮らしのような大きな荷物がたくさんあるわけではないので、女性スタッフでも引っ越し作業ができるというわけです。


 

▼ アート引越センター サービス例 【→ アートコーポレーションついて】

アート引越センター サービス例


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常に大きな夢や目標を追う

アートコーポレーション・寺田千代乃社長 × 朝日新聞社・渡辺雅隆社長

渡辺  業績をどんどん伸ばして、2005年に東証、大証1部上場を果たされました。


寺田  目指そうと決意したのは創業25周年の時です。当日、出社すると、主人とともに会議室に呼ばれました。入ると、社員が左右に並んでいて、「おめでとうございます」と言ってくれました。サプライズでした。その際、「25年間、みんなと仕事をしてきてよかった。みんなにも、そう思ってもらいたい」と話しました。そして、上場が具体的な目標となりました。それまで、でこぼこはありましたが、それなりの増収、増益を続けてきました。なんとなく「これでいい」という雰囲気になりかけていた時でもありました。でも上場するとなると、いろいろなことを見直さなければいけません。会社の規約から何からすべてです。そういった意味では、上場はそのきっかけとなり、よかったです。


渡辺  でも、11年には経営陣による自社株買いで、上場廃止に向けた手続きを取りました。


寺田  上場して3年目くらいでしょうか。下を向いている社員が多い、と感じるようになりました。やらなければいけないことに集中するあまり、常に追いかけられているような感じです。それまで、アートコーポレーションには大きな夢や目標があって、社員は常にそれらを口にしてかなえようとしていたのですが、そうした声が聞かれなくなったと気づきました。役員に上場の利点は何かと聞いたら、やっぱり答えが出てきませんでした。一般的に、上場の利点は会社の信頼が得られること、いい人材が確保できること、資金調達ができるようになること、などが言われますが、当社は上場期間中に資金調達は一度もしていません。上場による利点は生かしていないと感じました。

 もう一つ、こういうことがありました。会社の予算をつくる際、あと4、5億円を加えれば大台に乗る、という状況がありました。それまでだったら間違いなく加えていました。きれいな数字にできましたから。そして、それを追いかけました。ところが、その端数を削った案が出てきたのです。社長や会社が外に掲げたことは絶対に達成しなければならない、という気持ちがあって、足元ばかりを追いかけるのですね。木を見て森を見ていない、ということに気づき、上場廃止を決めました。上場を目指そうと決める時も早かったですが、やめると決めた時も早かったです。


渡辺 反応はどうでしたか。


寺田  外に対する心配はありませんでしたが、社員がどう思うかが気になりました。みんなでコンプライアンス、コンプライアンスとさんざん言って上場を果たしました。社員もみんな、持ち株会をつくって株主になっています。公になる前日、テレビ会議の形で全社員に私が伝えました。東京の役員に感想を尋ねると、「社長が話す顔を見て、これは正しいことだとみんなが思ったと思います」と言ってくれました。上場廃止から16年には5年になりましたが、その間、おかげさまで増収増益を確保しました。


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引っ越しと相乗効果が見込める事業を展開

渡辺  人口の減少とともに引っ越しの数も減ってきているのでしょうか。


寺田  マーケットサイズは落ちてきていると思います。ただ、引っ越し業が基幹ですから、他社とシェアを取り合う中で、シェアを増やせるだけのものをつくっていかなければいけません。お客様との関わりにおいて付加価値を上げていくことが必要だと考えています。


渡辺  引っ越し業のほかにも、住宅関連事業や物販事業を手がけ、多角経営をなさっています。


寺田  多角経営というより、引っ越し業を軸にして相乗効果が出せることをしているという感じです。住宅関連事業で言うと、不動産事業のような大きなことを考えていたわけではありません。「リモデリング」がしたかったのです。アメリカに会社を出してたびたび行っていた時、現地でリモデリングを知りました。外装を変えずに内装を変える方法です。インテリアに興味があったこともあり、これはいいなぁ、事業としてできるのではないか、と思ったことが始まりです。


渡辺  古いマンションなどを自分たちの住みやすいように変える人たちが増えていますね。


寺田  これからますます増えていくと思います。構造によって異なりますが、マンションの耐用年数は長いものだと約50年です。その間ずっと内装が同じままというわけにはいかないからです。


朝日新聞社・渡辺雅隆社長

渡辺  物販事業はどういうものですか。


寺田  引っ越しで担当者がお客様のところへうかがうと、家電製品などの処分をよく頼まれます。処分しないと引っ越しの荷物になってしまいますから。すると買い替えの需要が生まれます。引っ越しに絡む、こうした需要にしっかり対応していくということです。引っ越しに合わせて買い替えていただく利点は、お引っ越しの当日に新しい商品をお届けできることです。販売チャンスは十分にあります。


渡辺  保育事業にも力を入れ、全国で190カ所以上の施設を展開していらっしゃいます。


寺田  保育事業はボランティアのつもりで始めたのですが、やってみると、それでは多くのお子様を預かれず、貢献できないことがわかりました。自己満足で終わってしまいそうだと感じ、これはビジネスに切り替えなければいけないと考えるようになりました。ただ、ビジネスにするには事業化するためのビジネスモデルが必要です。保育はどちらかというと装置産業です。先に投資が必要です。始めることはできても収益を上げられるようになるには長くかかり、大変です。アナリストや投資家の方に、事業としてはもうかりませんと言われました。基本的にほかの事業は引っ越しとの相乗効果を見込めるものを展開していますが、これだけは別の考えでやっています。


渡辺  すべてを自前でするのは大変だから会社を買ったのですね。


寺田  保育事業を担っていた会社を買収し、05年に事業を始めてから約3年で、保育所や事業所内保育施設は全国計100カ所ほどになりました。始めた当時は保育所不足や待機児童の問題が今のように叫ばれていませんでした。


渡辺  保育事業の一環で、発達障害がある幼児のための施設も運営なさっています。


寺田  通所型の施設です。今はまだ5カ所ですが、やってよかったと思っています。親御さんがその気になり、お子さんが本当に小さい時から取り組めばものすごく改善します。発達障害ではない子と同じように保育所も幼稚園も学校も行けるようになるでしょう。そういうお手伝いができるということは、保育士さんの気持ちにもよい影響になっていると感じています。今つくったところが地域に着実に浸透しているので、20年までには50カ所つくりたいです。


▼ 引っ越しを軸としたアートグループの事業 【→ 参考リンク:アートグループ一覧】

引っ越しを軸としたアートグループの事業


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会社やリーダーの中に普通に女性がいる形を

渡辺  正社員約2800人のうち、女性の割合はどのくらいですか。


寺田  30%弱です。


渡辺  新入社員の割合もそのくらいでしょうか。


寺田  女性は増えていて、新入社員ですと40%くらいだと思います。


渡辺  女性のキャリアの積み方について、どのようにお考えですか。


寺田  当社では、新入社員には男女ともに研修で、全国の支店の主なところを回ってもらっています。引っ越し作業、営業、事務などを経験してもらいます。女性だから特にどうこうさせるということはなく、会社の中に普通に女性がいて、リーダーの中にも普通に女性がいる、という形を目指そうとしてきました。ここ10年、性別による職域の差はなくなってきました。営業や引っ越し作業のスタッフなどでも、女性の比率は上がってきています。それらの部門のリーダーに女性が就くなど、女性のスキルはすごく高くなってきています。男女関係なく、それぞれのポジションでベストを尽くしてほしいと思っていますし、機会は必ず同じように与えます。

アートコーポレーション・寺田千代乃社長


渡辺  管理職の女性もたくさんいますか。


寺田  多くはありません。国は20年までに、指導的地位に占める女性の割合を30%に引き上げる目標を掲げていますが、社員の女性の割合自体が30%ですから。ただ、上を目指す人、自分が今就いている職を極めたい人、専門職いずれも大歓迎です。私も結婚、出産をして、子どもを育てながら働いてきました。何かをしようとすれば、男性でも女性でも壁に突き当たります。だからその時、女性は「私は女だから」とは思わないことです。そしてうまくいったら、そこで満足せず次を目指してほしいです。女性は「自分はここでいい」と思われるのか、あるところへいくと、さらに次の夢へ向かう方が少ないことが残念です。


渡辺  17年8月から原則として月末や繁忙期を除く火曜日を定休日にされましたが、実施してみてどうですか。


寺田  特に若い社員は喜んでいます。みんなでバーベキュー大会や野球大会をしたそうです。サービス業はお客様次第の仕事ではあるものの、終わった時が帰る時で暇な時が休む時、というのはもう通用しないと思います。遊び・学び・人との交流など、社員は仕事以外の生活も持つことが必要です。初めて依頼をお断りし、お客様には多大なご迷惑をおかけしました。受注減も大変なものでした。でも、これから慣れていくにつれて、オンとオフをきちんと切り替えながら、どうやって落とした分を取り戻していくかを考えていけばよいのです。実際、社員もそのように発想を切り替えて、どうしたら効率よく仕事ができるのか工夫しています。すごく葛藤しましたが、やってよかったと感じています。


渡辺  「反省と挑戦」を企業理念に掲げていらっしゃいます。


寺田  創業から10年たったころでしょうか。私も主人も他の人も、ひたすら前を向いて走っていました。でもふと、みんな後ろにいるのだろうか、と思いました。会社としても何か間違っていないか、何か忘れていないか、を振り向いて考えなければいけないと。そこで、挑戦をしなければいけないけれど反省もしよう、と掲げました。


渡辺  新聞社やメディアに対して、ご要望などありましたら聞かせてください。


寺田  地域に関係なく、面白い人や取り組みがあれば、ぜひ全国区で記事にして、みんなで共有できるようにしてほしいです。東京では関西のニュースが本当に扱われないと感じています。


渡辺  寺田さんはこのたび、女性として初めてとなる日本高校野球連盟の理事を引き受けられました。夏の高校野球は2018年に第100回大会を迎えますが高野連は男社会です。女子部員も17年から条件つきで甲子園練習に参加できるようになったものの、まだ議論すべきことはありそうです。


寺田  久しぶりに「女性初」と言われました。実際に理事会に行き、男性ばかりだと感じました。事情をよくわからない者としての意見しか申し上げられませんが、お役に立てればと思います。


渡辺  ぜひよろしくお願いします。今日はありがとうございました。


アートコーポレーション・寺田千代乃社長 × 朝日新聞社・渡辺雅隆社長

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プロフィール 寺田千代乃(てらだ・ちよの)氏

寺田千代乃氏 寺田千代乃氏 プロフィール
 てらだ・ちよの
1947年、神戸市生まれ。
大阪市立今宮中学校を卒業後、68年に結婚して、夫とともに「寺田運輸株式会社」を運営。運送会社の一部門だった引っ越し事業を独立させる形で、76年に「アート引越センター」を創業し、社長に就任。利用者の声を積極的に採り入れ、引っ越しを「運送業」としてではなく「サービス業」として発展させた。2005年からは女性として初めて関西経済連合会副会長を務め、関西経済界を代表する経営者としても活躍する。現在は、引っ越しを軸とした複数の関連事業も幅広く手がける。



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アートコーポレーション

前身の運送会社「寺田運輸株式会社」の引っ越し事業を独立させる形で1976年に「アート引越センター」が創業された。「あなたの街の 0123 アート引越センターへ」と、覚えやすいように考えた電話番号を歌ったテレビCMで大きく業績を伸ばした。


90年に社名を「アートコーポレーション」に変更。引っ越し業を中心に住宅関連事業、物販事業、物流事業、保育事業などをグループ会社として手がけ「暮らし方を提案する企業」を掲げる。利用者や社員の声を重視し、それらを反映させた商品も多い。


大阪市に本社を構え、国内134カ所(支店と営業所)、海外5カ所に拠点を持つ。アートコーポレーションの社員数は2895人、売上高は連結991億円、単体636億円(いずれも2017年9月末)。
【→ アートコーポレーション 会社情報はこちら】


(企画構成・霜田 紗苗、撮影・井手 さゆり、ウェブデザイン・田渕 裕美)


 

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