ともに考え、ともにつくる インタビュー(キリンホールディングス 磯崎功典社長)
はじめに

 さまざまな分野で活躍する方々を朝日新聞社の渡辺雅隆社長が訪ねる連載「ともに考え、 ともにつくる インタビュー」の第8回は、キリンホールディングスの磯崎功典社長にご登場いただきました。「ビール離れ」が進む成熟市場の業界で、お客さまに向き合い直す商品作りや、他社と取り組む社会課題の解決法などについてお聞きしました。

 「ともに考え、ともにつくる インタビュー」は、3カ月ごと年4回のペースで更新していく予定です。


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【ともに考え、ともにつくる インタビュー】
社会に役立ち、社会とともに成長できる企業を目指す
( キリンホールディングス・磯崎功典社長 × 朝日新聞社・渡辺雅隆社長 )


▼ キリンホールディングス・磯崎功典社長 のプロフィールはこちら

 

ビール以外の仕事を希望してビール会社に入社

渡辺社長(以下、渡辺) ビール以外の仕事を希望してキリンビールに入社したのですよね。


磯崎功典・キリンホールディングス社長

磯崎功典・キリンホールディングス社長(以下、磯崎)   キリンビールに1977年に入社しました。当時のキリンはビール市場で6割余りのシェアがあり、独占禁止法に触れる恐れがあるとして、公正取引委員会が分割を検討したほどでした。一方、寡占状態だったビールとは別に、清涼飲料や食品などの新規事業展開にもかじを切りつつありました。私は新しいことに挑戦するのが好きだったので、キリンほどの力がある会社が多角化に挑むなら、力を発揮できる新しい分野があるのではないかと思ったのです。


渡辺  最初に配属された神戸支店でチーズをバラ売りした、という話を聞かせて下さい。


磯崎  グループ企業である小岩井乳業の6個入りチーズを売ってもらえるよう、スーパーを回る仕事をしていました。試食販売をすると、ものすごく評判がいいので、みんな買ってくれるだろうと思ったのですが、買ってくれません。多くのお客さんから、「おいしいのはわかっているけれど、高い」と言われました。確かに、こうした商品は高級店の方が向くかもしれないと思いました。でも、高級店で売る限り、販売数は限られます。そこで、お客さんが買いやすい価格にしたらどうかと、1個ずつ売ることを思いつきました。

 ただし、6個入りのチーズは1個ずつ売られることが想定されておらず、個々の包装紙には製造した年月日や工場名の記載がありません。隣県の岡山の工場に余力があったので、そこで1個ずつ刻印してもらうことにしました。それを籐(とう)製のカゴに入れて売ったら、非常に売れました。


渡辺  普通、6個で売っているものは6個でパックなのだから仕方ないと思うでしょう。それをばらせばいいと思いつき、実現が難しいとなると、どうすればいいかを考える。お客さんの声を聞いてそれに応えるというのは、すべての商売の基本だと思います。入社後の間もない時期にしたのは、すごいです。


磯崎  入社して2年ぐらいでした。入社時に思った通り、新しい分野では先輩がいないので、自分で思うように動くことができました。


渡辺  その後は海外留学を経て、ホテル事業に関わることになりましたね。


磯崎  神戸支店に7年勤めた後、東京本社の事業開発部に異動しました。海外留学は、当時の上司で後に社長となる荒蒔康一郎さんの助言があり、ホテルやレストランの経営が学べる米コーネル大学に行きました。卒業して帰国した後、実際にホテル経営に携わることになったのです。


渡辺  兵庫県の尼崎工場の跡地に建設することになったホテルですね。


磯崎  もともと工場があったところですから、周りも工場ばかりです。うまくいくはずがない、と会社に進言したのですが、着工は決まっていました。開業後は総支配人となり、毎晩、ホテルに泊まり込んで、夜中の呼び出しにも対応できるようにしていました。ホテルにいた2年間は、パジャマを着たことがありません。夜中の見回りなど、他の会社に頼むとお金のかかることは、経費を少しでも削減するために自分でやりました。


渡辺  経営的に苦戦する中で、阪急グループの宝塚歌劇団を見に来られるお客様を迎えるようになったのは、どういう経緯があったのでしょう。


磯崎  遠方から観劇に来る方が、宿泊場所の確保に苦労していました。でも、宝塚歌劇団の関連会社が発行するファン向けの雑誌には、阪急グループ以外のホテルの広告は載っていません。元阪急電鉄社長の小林公平さんがうちのホテルへ視察にいらした時に、広告を載せて頂けないかと頼み込んだのです。ほかにも大手のホテルがある中で、どうしてあなたのところのホテルを載せなければいけないのだと言われましたが、最終的には広告を出させてもらえました。すると、一気に稼働率が跳ね上がりました。


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落ち込む業界でビールの新しい価値を提供

渡辺  本業に目を向けると、その間、ビール業界で君臨していたキリンは、アサヒビールにシェア首位の座を奪われ、以降厳しい状況が長らく続いています。発泡酒なども合わせた大手の「ビール系飲料」の総出荷量は最低の更新を続け、「ビール離れ」も止まりません。


磯崎  全国で6割余りあったキリンのシェアが落ち込んだ理由の一つは、おごりです。「おごれる者は久しからず」なのです。そして、ビール離れについては、消費者の価値観の変化や経済問題などいろいろありますが、ビール会社、ビール業界全体の怠慢でもあります。


渡辺  怠慢とは、どういうことですか。


磯崎  お客さんの方を向かず、企業同士でシェア争いばかりしていたということだと思います。お客さんにとって魅力や価値のあるものをつくるということを、いつしか忘れてしまいました。競争をする中で、どのビール会社も同じようなタイプのビールを出してきました。値段は競争しているので安いけれど、ブランドが違っても味はそんなに変わらない。そういうことをしている間に、お客さんが逃げてしまったのです。嫌気がさしたのですね。大手5社の「ビール系飲料」の総出荷量は、94年をピークに落ち込み、いまだにその傾向が止まりません。


 ビール系飲料の出荷量は13年連続で前年割れ


渡辺 そうした中で今、「ゲームチェンジ」ということを唱えていらっしゃいます。


磯崎  昔は右肩上がりでしたが、業界全体でビールの出荷量は減るばかりです。そこで私は、ビールの新しい価値を提供していこうと考えています。2016年に発売した「47都道府県の一番搾り」は、その一例です。


渡辺 全国47都道府県ごとに味の違いや個性を楽しめる「一番搾り」ですね。


磯崎  地方の人たちは、地域の特性というものをすごく感じています。そこで、その特性を生かした「一番搾り」を、47都道府県ごとにつくることにしました。地域ごとに歴史家の方、メディアの方などからお話を聞いたのですが、都道府県の中にもいろいろな市町村があり、何を採り入れるのかを決めるのは、なかなか難しかったです。それでも、「鹿児島と言えば芋焼酎だから、さつまいもを副原料に使おう」といったように、一つひとつ考えていきました。


渡辺 47都道府県ごとに違ったビールをつくるというのは、大変なことです。


磯崎  「あそこのものはつくらないよね?」と言われた地域もあります。「どうしてですか?」と聞いたら、「人口が少なすぎるところでやっても、意味はないのでは」と返ってきました。でも、それでは47都道府県になりません。全都道府県分をつくりました。


渡辺 キリンの工場は全国で九つです。それでどうやって47都道府県分をつくったのでしょう。


磯崎  それこそゲームチェンジです。工場は九つですから、一つの工場で5種類ほどをつくらなければいけません。大変ではありますが、業界全体が落ち込み、我が社も厳しい状況が続く中で、「もう一度お客さんに向き合おう」「長い間培ってきた力を結集しよう」と社員に伝えました。

 すると、みんな立ち上がりました。工場がある地域の缶には、工場で商品開発から醸造までを担当する責任者「醸造長」のメッセージが、名前入りで記されています。工場がない地域の場合は支社長です。これは本人たちにとって誇らしいことでしょう。みんな必死になってやりました。地方に出かけた際のお土産に買ってもらうなどして、ブームになりました。ゲームチェンジをすればお客さんが振り向いてくれることを実感しました。


渡辺 長野県のクラフトビールメーカー「ヤッホーブルーイング」と資本業務提携したり、クラフトビールが飲める専門のレストランを運営したりと、クラフトビールへの注力もゲームチェンジの一つということでしょうか。


磯崎  ビールそのものへ振り向いてもらえないのであれば、形を変えてビールの魅力を高め、ビールの新しい価値を知ってほしいのです。とはいえ、製法や原料にこだわる小規模醸造のクラフトビールは、アメリカやヨーロッパでは人気があるものの、国内のビール系飲料市場に占める割合は1%くらいしかありません。自社だけが一生懸命になっても構成比がどんどん上がることはなく、キリンが伸びるためには日本中でクラフトビールの大きなブームが起きることが必要です。そこで、キリンとは資本関係のない国内のクラフトビールの会社にも技術を指導したり原材料を提供したりしています。


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共通する社会課題に他社と取り組む

朝日新聞社・渡辺雅隆社長

渡辺  他社との関係で言うと、激しい競争をすると同時に、例えばアサヒビールさんと「共同輸送」を始めましたよね。


磯崎  どうしてお客さんがビールからこんなに離れてしまったのか、アサヒビールさんもよくわかっています。そしてビール業界が何に取り組まなければいけないかが、だんだんわかってきました。日本が抱えていて、両社にも共通する社会課題です。

 例えば、生産された飲料を各地へ運んでいる運転手の問題。運転手が不足しているのは、宅配の分野だけではありません。これまで両社がそれぞれトラック輸送していたものを、同じ貨物列車に乗せて運ぶことにしました。運転手不足が解消されると同時に、二酸化炭素の排出も大幅に減らすことができます。この取り組みはその後、サントリービールさん、サッポロビールさんも加えた計4社に広がりました。一緒にできることは、どんどん一緒にしていきたいと思っています。


渡辺  新聞社もまったく同じです。同じ地域の中で、複数の新聞ごとに、配達のバイクが毎日走り回っています。かつては多くのご家庭が新聞を購読して下さっていましたが、新聞を読まない方々が増え、配達先は減っています。ですから、配達を一緒にしようという話を、他社と始めたところです。


磯崎  企業は持続的に成長しなければなりませんが、この先の10年、20年後の具体的な姿は、なかなか描けません。

 でも、「間違いない」と一つ言えるのは、世の中が抱えている社会課題を、企業として解決することが重要です。社会から共感を得られ、同時にそれが経済的な価値を生む、つまりビジネスにつながっていくことが必要で、これが私の推進する「CSV(クリエーティング・シェアード・バリュー、共有価値の創造)」です。企業が利益を使って社会貢献活動をするCSRとは異なり、企業は本業と社会課題の解決を両立させ、企業と社会がともに成長するという考え方です。キリングループは、「健康」「地域社会への貢献」「環境」の三つを重点的に取り組む社会課題にしています。

 CSVの観点で挙げると、生産者の高齢化や後継者不足などで栽培存続の危機にある日本産ホップを守りたいと考えています。先ほど話題に出たクラフトビールは、特にホップが命です。日本産ホップは輸入品より高いのですが、日本のクラフトビールには日本産ホップが合います。安ければいいというわけではありません。体験型ビアツーリズムやホップ収穫祭などに生産地域とともに取り組み、ホップの魅力を生かしたまちづくりなどをしています。先の長い話でも、社会に役立つことをして企業が成長できる形が理想です。


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お客さんにとって価値があるのは一律ではなく個性的な商品

キリンホールディングス 磯崎功典社長×朝日新聞社 渡辺雅隆社長

渡辺  私たちは「豊かな暮らしに役立つ総合メディア企業」を目指しています。来年で創刊140周年を迎えますが、かつてのように紙の新聞だけでは成り立たなくなり、それ以外の手段も含めて、様々なライフステージやライフスタイルに合う情報やサービスを提供できる企業になりたいと挑戦しています。メディア企業、とりわけ新聞社に対して日頃お感じになっていることがありましたら、教えて下さい。


磯崎  親の代から朝日新聞を購読し、学生時代は週刊朝日の編集部でアルバイトをしました。朝日新聞の良さは迎合しないところだと思います。世の中がファナチック(熱狂的)になることに対しても、別の見方があるのではないかということを主張されている印象があります。メディア全般について感じていることを言うと、「何かないですか」と御用聞きのように尋ねられることがありますが、間違っていてもいいから仮説を立てて質問をすると、いい取材ができるのではないでしょうか。

 また、記者クラブに情報が一元化される仕組みになっていますが、ビール業界と同じで、一律の商品ではだめですね。全国一律の画一的な報道ではなく、お客さんの興味のあるものを提供することが大切です。「47都道府県の一番搾り」が人気を得てお客さんから評価していただいたのは、個性があったからです。


渡辺  記者クラブは、情報を発信する側にとっても受け取る側にとっても便利ですが、今は政府も自治体も企業も市民グループも、自らインターネットで情報を発信できる時代です。その情報をただ受け取って記事にしたのでは遅く、商品性がありません。まさに仮説をもって取材し、その記者しか書けないものを出していかなければ、記事にニュースとしての価値はない時代だということですね。


磯崎  どこでも飲めるもの、どこでも見られるもの、ではだめです。このビール会社ならではのもの、この新聞社ならではのもの、を提供することが、お客さんにとって価値のあるものだと思います。


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  磯崎功典(いそざき・よしのり)氏

磯崎功典(いそざき・よしのり)氏 磯崎功典(いそざき・よしのり)氏 プロフィール
 いそざき・よしのり
1953年生まれ、神奈川県出身。
慶応義塾大学を卒業後、キリンビールに入社。88年に米コーネル大学へ留学、99年にグループ会社のホテルの総支配人となる。キリンビール経営企画部長などを経て2012年に社長、15年にキリンホールディングス社長に就任。父から譲り受けた小田原のみかん農園を管理する「みかん農家」でもある。自身が育てたみかんを使った「磯崎さんちの小田原みかん」を関連会社のスプリングバレーブルワリーが醸造し、同社が運営するクラフトビール専門店で提供したこともある。



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  キリンホールディングス

 1907年に「麒麟麦酒株式会社」として設立。創立100周年を迎えた2007年に純粋持ち株会社制を導入して「キリンホールディングス」を発足。本社は東京都中野区。「あたらしい飲料文化をお客様と共に創り、人と社会に、もっと元気と潤いをひろげていく。」という理念のもと、キリンビール、メルシャン、キリンビバレッジなど酒類・飲料事業に携わる傘下の各社が「日本綜合飲料事業」を展開。積極的な海外展開で獲得した事業基盤により「海外綜合飲料事業」を手がける。


 グループ会社「協和発酵キリン」では独自の研究で医療用の医薬品開発などに取り組む。「グループの経営戦略策定及び経営管理」が主な事業。従業員3万1033人(2017年12月31日現在)、売上高1兆8637億円(17年12月期)。


【→ キリン株式会社】


キリングループの歩み


(企画構成・霜田 紗苗、撮影・林 正樹、ウェブデザイン・田渕 裕美)


 

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