ともに考え、ともにつくる インタビュー(アイリスグループ 大山健太郎会長)
はじめに

 さまざまな分野で活躍する方々を朝日新聞社の渡辺雅隆社長が訪ねる連載「ともに考え、ともにつくる インタビュー」の第9回は、生活者目線の生活用品を次々と生み出すアイリスグループの大山健太郎会長にご登場いただきました。東日本大震災を機に、「日本の課題解決」にも取り組んでいます。

 「ともに考え、ともにつくる インタビュー」は、3カ月ごと年4回のペースで更新していく予定です。


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【ともに考え、ともにつくる インタビュー】
生活で感じた不満を解消する物作り
( アイリスグループ・大山健太郎会長 × 朝日新聞社・渡辺雅隆社長 )


▼ アイリスグループ・大山健太郎会長 のプロフィールはこちら

 

ユーザー目線で「値ごろ」な商品を実現

渡辺社長(以下、渡辺) 日用品から家電製品まで、幅広い分野の商品は2万点を超え、うち6割が3年以内に発売されたものです。


大山健太郎会長(以下、大山)   新しい商品で売り上げを伸ばしています。既存商品は売り上げが伸びなくなりますが、新商品を作ることで売り上げはプラスになります。それと、お客さま一人あたりの単価は、これまで手がけてきた日用品だと、高くても2千円ぐらいまでだったのですが、最近は家電製品も始めたので万単位になりました。好循環になっていると思います。


総売上高に占める新商品売上高の割合


渡辺  新しい商品を生み出す際の判断基準は何ですか。


アイリスグループ・大山健太郎会長

大山  家電製品で言うと、「なるほど」があるかどうかです。炊飯器はかつて2万~3万円でした。今は高機能で10万円以上のものが出ています。でも、ユーザーはもっとシンプルに使えて、安い家電を求めていると思います。我々は、値ごろだけれど、機能性でも利便性でも10万円以上のものに負けない商品を作ろうとしています。そうしてできたものの一つが、米の銘柄によって水の量を自動で計算し、下部が分離してIHクッキングヒーターとしても使える炊飯器です。ご飯を炊けば煮炊きもするでしょうから、それがひとつでできるようにしました。小売価格は約2万円です。



渡辺  大山さんにとっての「値ごろ」とは、どういう感覚のものですか。


大山  お客さまが納得できる値段です。原価を知っているメーカーが、足し算で積み上げた小売価格を高いか安いか感じる基準と、お客さまが自分の財布で物を買う際の価値判断は全然違います。ほとんどのメーカーは「プロダクトアウト」ですから、提供側が作りたいものを設計し、原価を出し、積み上げで小売価格を決めます。我々は、ユーザーの目線を大切にする「ユーザーイン」の考えに基づいて、まず小売価格を決めます。そして、メーカーでありながら問屋機能も兼ねた「メーカーベンダー」ですから、卸価格なども自ら決められ、設定した小売価格から引き算で諸経費を考えていきます。値付けが最初から「値ごろ」になっているのです。


アイリスオーヤマの価格設定


渡辺  値ごろ感のある値付けから逆算して製造しているのですね。


大山  設定した値段で商品が作れない場合は、開発方法を見直します。既存の商品より低価格を実現させたLED電球もそうでした。出回り始めたころは7千円くらいだったものが、6千円、5千円と少しずつ値段は下がりましたが、それですらユーザーは買わないだろうと思いました。


渡辺  白熱電球が1個100円ほどで買えるので、寿命が長いと言われてもためらいます。


大山  だから、なかなか普及しませんでした。私は、いくらならお客さまが買うかを第一に考えました。白熱電球1個あたりの電気代は年に約2千円だというデータがありましたので、2千円ほどにすれば1年で元がとれると考え、その値段で売り出しました。お客さまは「1年で元がとれるなら買ってみよう」と手に取ってくれます。これは、高いか安いかではなく、値段に対してお客さまが納得するかどうかの問題です。通常、他社の商品に対して安くしようと試みますが、我々は「いくらの電球を作るか」と値段を決めることから始めます。


渡辺  とはいえ、決めた小売価格の中で作るのは大変でしょう。


大山  そうです。でも、価格を明確にすると知恵が出ます。内製化率を高めたり、部品点数を少なくする設計にしたりすることを思いつきます。そうして値ごろにできるのです。


渡辺  新商品を決める毎週月曜日の「プレゼン会議」では、社員からの提案を商品化するかどうかは大山さんが決めるのですか。


大山  会議には、営業、応用研究、財務、品質管理など、あらゆる部門の責任者が同席し、提案者は出席者の質問にその場で答えます。私が判子を押して合格すれば、全部門が一斉に動き出します。私は判子を押すことで責任を負うわけです。新しいアイデアというものは、うまくいって当たり前と見られ、失敗すると提案者が責任を取らされる場合が多いと思います。うちは、うまくいったら提案が良かったからだと評価し、うまくいかなければ私の責任になります。会社が責任を取ることで、社員が提案しやすい環境にしています。


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亡き父の跡を継ぎ町工場から出発

渡辺  会社の始まりは小さな町工場でした。そのころのお話を聞かせて下さい。


大山  父親が、工員5人のプラスチック工場を東大阪で営んでいました。私が高校3年生の夏、父親が胃がんで余命1年しかないとわかりました。大学に行くつもりでしたが、8人兄弟姉妹の長男だったので、工場は自分が継ぐしかないと考えました。本人もわかっていたでしょうが、まだ42歳と若かった父に、がんだとは言えませんでした。そして引き継ぎもできないまま父が他界。それからは、若さだけを武器に、工員さんが帰ってから夜中にひとりで機械を動かし、何とか利益が出るようにと働きました。もうからない仕事も喜んで引き受けたので、仕事がどんどん舞い込み、1年目から順調に動き出しました。


渡辺  当時の主力商品は何でしたか。


大山  チューブでプラスチックを膨らませる「ブロー成形」という加工法で、シャンプーや薬を入れる容器を作っていました。ただ、下請けだったので、自分の仕事の価格は自分で決めたいと次第に思うようになりました。20代に入ったころ、三重県で真珠養殖が盛んにおこなわれていました。貝を海中に沈める際に使っていたガラス製の浮き玉は割れやすかったので、これをプラスチックにしたらどうかと考え、形も工夫して独自商品を作り、養殖業者に売り込んで歩いたのが、「脱・下請け」の始まりでした。


渡辺 次は当時木製だった育苗箱をプラスチックに変えた商品を作りました。そして1972年、今の本社がある仙台に工場を作りましたね。


大山  田植え機を作っていた大阪のメーカーから、「育苗箱の需要が広がっているけれど、手製の木箱では供給が間に合わない」と聞き、プラスチックで、苗が育ちやすい形状にしたものを作ったら大ヒットしました。東大阪だけでは生産が追いつかず、新たな工場をどこに建てるか考えた時、水産物や農産物の生産量が多く、大阪と行き来できる宮城県が最適でした。ここで新たな市場を作ろうと意気込みました。


渡辺  その後、植木鉢、犬小屋、衣装用の透明収納ケースをいずれもプラスチックで手がけ、ヒットしました。


大山  どれも自分の経験から生まれました。植木鉢は、休みの日曜日に園芸をしていて「あったら便利だな」と思いました。それまでの素焼きのものは、通気性や保水性はよかったのですが、重くて割れやすかったのです。単に素材を変えるだけではなく、植物のことを研究し、水をやりすぎても根が腐らず、水をやり忘れても根が枯れないような底の構造にしました。

 犬小屋は、犬を飼っていたので、当時のベニヤ製より簡単に洗えてきれいにできた方がいいという発想です。飼うとわかりますが、犬は「家族」ですから、番犬として鎖でつなぎっぱなしではなく、庭に放し飼いができた方がいいと思い、サークルを作るなどして商品化しました。

 透明収納ケースは、季節外れの時期にセーターが必要になり、たった1枚を探すのに衣装ケースを何箱も開けなければいけなかったことから、「中身が見えればこんな苦労をしなくて済むのではないか」と思ったのです。当時は工業用の高価な透明プラスチックしかなかったので、安くて、収納に適したプラスチックを原料メーカーと一緒に開発しました。

 「生活で感じた不満は、自分だけではなく多くの人が抱いているだろう」という考えをもとに、商品は生まれています。

アイリスオーヤマ 商品写真
アイリスオーヤマが展開する多様な商品=同社提供


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「ホームソリューション」から「ジャパンソリューション」へ

朝日新聞社・渡辺雅隆社長

渡辺  東日本大震災を機に、生活者の潜在的な不満を解決する「ホームソリューション」から、日本の抱える課題を解決する「ジャパンソリューション」へと経営方針が大きく変わりました。


大山  仙台本社や宮城県内の各工場の建物自体に大きな被害はありませんでしたが、内部はかなりの破損などがあり、稼働できない状態になったところもあります。日本が抱えている課題は色々ありますが、震災を経験し、当社が関わって改善できることにアプローチすることにしました。

 先ほどのLEDも、その一つです。計画停電になったので、白熱電球よりエネルギー効率のいいLEDを普及させれば節電につながると思いました。長持ちするのはわかっていても高価であることが普及しない原因だったので、設計を一から見直し、アルミ部分をプラスチックに変えることで誰もが手にしやすい価格にできました。今、LEDは当社の売り上げの最多を占めます。

 でもこれは、もうけを目的とした結果ではありません。お客さまのニーズに我々がチャレンジし、納得していただいた結果です。LEDを普及させるにあたり、照明器具も新しいものにしようとした業者がありましたが、それはもうけを目的とした業界の考えです。「ユーザーイン」で考えれば、器具まで変える必要はありません。


渡辺  東北の米の販売にも取り組んでいらっしゃいます。


大山  震災で一時的に農業を離れた人が何年後かに戻った時、農家は年齢を重ね、田んぼは荒れ、再開は難しい状況です。そこで我々が大規模に田植えからお手伝いし、収穫した米をすべて買い取って販売しています。

 東北の米はおいしいにもかかわらず、主に地元や首都圏ぐらいにしか出回っていませんでした。それを、時間が経っても劣化しないような低温製法にし、米を食べなくなった現代の人たちが買いやすいよう、3合(450g)の小分けにして我々の流通に乗せることで、全国のコンビニエンスストアに並ぶようになりました。日本人の米の消費量は減っているのに、いまだに主食として捉えて5~10kg単位で売り、1kgあたりの低価格競争をしている日本の米市場において、一つの新しいモデルになると確信しています。


渡辺  震災後に立ち上げた「人材育成道場」は、企業の地域への関わり方も含めて素晴らしいと感じました。


大山  復旧はインフラの投資でできても、復興はお金ではできないと感じました。復興庁の復興推進委員もさせていただき、そうした意見を述べたのですが、話としては納得していただいても、実際にお金がつぎ込まれるのはインフラの整備です。でも、建物が元に戻っても、商店街のお店は廃業になったままということが多いです。店主が高齢の場合、津波で流されたお店を借金してまで一から立て直すでしょうか。私なら諦めて違う道を選ぶだろうと思ったのです。だから、復興には経営者の気持ちを奮い立たせ、人を育成するしかないと考えました。


渡辺  道場はすごく厳しかったそうですね。


大山  宮城県気仙沼市、岩手県大船渡市と釜石市、福島県田村市の4カ所で、2013年から5年間実施しました。参加費は無料です。水産加工、造船、食品など様々な業種の経営者や起業家が集まりました。私は塾長を務め、監査法人や金融機関の方々と一緒に、参加者の企業一つひとつの経営の中身に入り、それぞれが計画する新規事業について徹底的に指導し、半年かけて事業モデルを作り上げました。合宿を繰り返して構想を形にしていく中で、参加なさったみなさんは志が変わっていきました。卒業した約180人は今、各地域の中心メンバーとして活躍しています。


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紙面に収まらない記事はネットで

アイリスグループ 大山健太郎会長×朝日新聞社 渡辺雅隆社長

渡辺  弊社は140年前から新聞を発行しています。最近は、紙だけではなくインターネットも含めたメディアとして、ジャーナリズムの役割を果たしていくことが企業価値だと考えています。メディアを日々ご覧になり、お感じになっていることを教えて下さい。


大山  私は、情報は一つからではなく、せめて三つから取るべきだと思っています。それらはSNSなどで発せられる断片的なものではなく、きちんとした取材に基づき編集されたものであるべきです。人気順に並んだニュースや自分の興味のある内容ばかりをSNSで見て、広い教養が身につき、考えが形成されるとは思いません。

 今、スマートフォンやパソコンでいくつもの情報にアクセスできるので、非常に便利になりました。ですから、たくさん取材されていることを、ネットにもっともっと掲載してほしいです。紙面に収まらなくても、ネットで見せられる有料記事をさらに増やせばいいと思います。記者の方も、書いた原稿が日の目を見ないより、書いた分だけ掲載された方が、意欲も湧くでしょう。

 配達に関しては、その配達網を生かせば、新聞だけではなく様々なものを配れます。新聞配達が売り上げの大部分を占めなくても販売店の経営が成り立つようになればいいのです。ユーザーインで考えると、我々読者にとってみれば、新聞だけではなく色々なものが一緒に届くと便利です。メーカーベンダーの視点では、従来型の配達部分の経費を減らせれば、トータルとしての諸経費も安くなるわけです。

 私は経営学をきちんと勉強したことはありません。学校での授業もハードブックの内容も過去のことです。毎日発行される新聞から多くのことを学びました。紙からネットへと形が変わっても、新聞社にはそうした役割を期待しています。


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  大山健太郎(おおやま・けんたろう)氏

大山健太郎(おおやま・けんたろう)氏 大山健太郎(おおやま・けんたろう)氏 プロフィール
 おおやま・けんたろう
1945年生まれ、大阪府東大阪市出身。
父の急逝に伴い、従業員5人のプラスチック成形の町工場を19歳で継ぐ。生活者の潜在的な不満を解消する商品作りである「ユーザーイン」の発想で、園芸やペット用品、LED電球、家電などを幅広く展開する。企画、製造、販売を一手に担う「メーカーベンダー」で「値ごろ価格」を実現。亡き父が「大山ブロー工業所」を創業してから60年を迎えた2018年、自身が設立した「アイリスオーヤマ」の社長から退いた。社長は長男の晃弘氏が引き継いだ。



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  アイリスオーヤマ

 ユーザーの目線を大切にする「ユーザーイン」の発想で生活の中の不満を解決する商品を幅広く展開する。ガーデニングやペットに関わる初期の商品に始まり、東日本大震災以降はLED、家電、米などを手がけ、日本が抱える課題の解決にも取り組む。大山健太郎会長の父が「大山ブロー工業所」として1958年に創業し、71年に「大山ブロー工業株式会社」としたのがアイリスオーヤマとしての設立。製造(メーカー)と問屋(ベンダー)の機能を併せ持つ「メーカーベンダー」の強みを生かし、物流コストを省くことで「値ごろ」価格を実現させている。


 同社グループの2017年度の売上高は4200億円、従業員は1万1866人(18年1月現在)。社名の「アイリス」はアヤメ科の植物を指す英語で、同社の園芸用品のブランドだった。


【→ アイリスオーヤマ 企業情報】


(企画構成・霜田 紗苗、撮影・林 正樹、ウェブデザイン・田渕 裕美)


 

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