ともに考え、ともにつくる インタビュー(DeNA 南場智子会長)
はじめに

 さまざまな分野で活躍する方々を朝日新聞社の渡辺雅隆社長が訪ねる連載「ともに考え、ともにつくる インタビュー」の第10回は、インターネット関連事業で急成長し、プロ野球球団を持つなど多分野の取り組みに挑戦しているディー・エヌ・エー(DeNA)の南場智子会長にご登場いただきました。


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【ともに考え、ともにつくる インタビュー】
世界に喜びと驚きを
( DeNA・南場智子会長×朝日新聞社・渡辺雅隆社長 )


▼ DeNA・南場智子会長 のプロフィールはこちら

 

世の中に「喜び」を届けるうれしさ知った

渡辺社長(以下、渡辺) DeNAを起業する前はコンサルティング会社にお勤めでした。コンサルタントとして企業に経営の助言をするのと、実際に経営をするのとでは大違いだとお感じになったそうですね。


DeNA・南場智子会長

南場智子会長(以下、南場)  コンサルティングで学んだことは経営にあまり生きていません。事業をつくり、物を動かしているのは人であるという大事な視点がコンサルタントには抜けがちだからです。同じ戦略でも誰に任せるのかによって成功の可能性は9割にもなれば1割以下にもなりますが、コンサルタントはそういう発想をあまりしません。「アドバイザー(助言者)」と「ドゥーワー(実行者)」の違いですね。そしてアドバイザーの方が有益な情報を持っているかというと必ずしもそうではなく、ドゥーワーにならないと入ってこない情報が非常に多いです。本当に有益な情報はリスクをとって初めて出てきます。それから、リーダーに一番必要なのは勇気、そして胆力をもって人を率いていく力ですが、それらはコンサルティングではあまり身につきません。


渡辺  コンサルティングをする中で「自分でやったらどうだ」と言われ、実行したんですよね。


南場  いまお話ししたようなことがわかっていればしなかったのでしょうが、わかっていませんでした。やればできるだろう、がんばればできるだろうと思っていたのが大きな間違いです。自分1人ならまだよかったものの、人を巻き込んだので大変でした。



渡辺  DeNAの立ち上げ当時、一緒に組んだのはどういう方たちですか。


南場  クライアントさんとの関係は表に言えませんから、コンサルタントとして仕事をしても人脈はそんなに広がりませんでした。そのため、同じ社内で実業にたけた人、オペレーションに強い人、戦略的な人などがいましたので、そうした仲間と一緒に新たな仕事を始めました。


渡辺  ネットオークションと携帯オークションのサイトを順次、開設しました。


南場  はじめにネットオークションサイトを開きました。出品数で業界2位にまでなったのですが、1位になれなかった以上、負けです。何かユニークな価値を世の中に提供しなければいけないと考えて行き着いたのが、モバイルです。当時は携帯電話の時代でしたから、それで写真を撮り、簡単な操作でそのまま出品できる仕組みのサイト「モバオク」を作ったところ大変好評でした。急激に伸びるとはこういうことかと感じる勢いで普及し、携帯電話を使ったサービスを次々に打ち出しました。「デライト」と呼んでいますが、私たちはこの時、世の中に「喜び」を届けることのうれしさを知りました。


渡辺  採用に注力しているのですよね。


南場  素晴らしい人材に来てもらえるよう、創業当初から、ものすごく力を入れています。入ってきた人たちにはやりたいことがたくさんあるので、その夢を実現させるプラットフォームとしての役割を果たせるようにしたいのです。

 私たちの会社のミッションは「デライト・アンド・インパクト・ザ・ワールド(世界に喜びと驚きを)」で、あえて抽象的にしています。大きな喜びを世の中に提供できそうだと思うものには、どんなことにでも挑戦しようよ、参加してくれる仲間たちに新しい柱を加えていってほしい、という意味を込めています。それがDeNAのDNAです。


渡辺  ご自身も採用に関わっているのですか。


南場  新卒向けの会社説明会では私が話をしますし、自社とは関係なく「キャリア講座」を開いて就職活動をするにあたっての考え方などを伝えています。私は毎年新年の抱負に、採用したい人の名前を掲げます。会社に来てほしい人を毎年5~7人挙げ、その年に来てもらえるようにすることを目標にします。かなわなくても依然として魅力的だと次の年にも名前を挙げ、リストに載せ続ける人がいます。横浜DeNAベイスターズの岡村信悟社長は7年間追いかけました。振られ続けましたが、最後に来てくれました。


渡辺  人を集める力がすごいですね。


南場  自分が憧れる人と一緒に仕事をすることが私の幸せなんです。うちの会社のヒットは社員が提案して出てきたものがほとんどです。プログラミング教育について言い出したのは私ですが、ちょうど小学校に上がる年頃の子どもがいる社員が多く、「プログラミングを教えるアプリを作りたいよね」「子どもたちがアプリで学んでプログラミングをできるようになったら、すごい世の中になるよね」と情熱を共有する仲間が集まって盛り上がり、形になりました。


DeNAが手掛ける事業


渡辺  そうして事業分野が広がっているのですね。


南場  そうです。AI(人工知能)に関するコンピューター・ビジョン、ビッグデータ、データサイエンス、ディープラーニング。各分野で一流の研究者が入ってきていますので、彼らとともに、どういうふうに世の中にデライトを届けていくのかを考えています。例えば、自動車事故の原因の約9割が人為的なことだとするデータがありますから、それに基づけば、人間が運転するよりもコンピューターで制御された車の方が事故率は低くなります。そういうことができるようになると、もっと安全で快適な世の中になります。


渡辺  横浜DeNAベイスターズの運営を筆頭にスポーツ事業にも熱心ですよね。


南場  横浜は開港以来、たくさんの文化が融合してきた街です。野球に限らず、横浜の伝統と革新を生かして、地域全体が盛り上がるようなことを街の人たちとやっていきたいです。


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順調でない時のはい上がり方が生き様の見せ場

渡辺  プロ野球球団のほかには「横浜DeNAランニングクラブ」を運営して長距離陸上選手の育成などもしていらっしゃいます。


南場  クラブの総監督は瀬古利彦さんです。瀬古さんは私の心の金メダリストなんです。ロサンゼルス五輪で金メダル候補として日本中の期待を背負いましたが惨敗。誰の顔も見たくない時もあったと思いますが、それから今日まで日本の陸上界に貢献してこられました。そこが彼の強さです。順調でない時にどうはい上がるか、ということが生き様の見せ場であり、その姿が私の価値観に重なります。


渡辺  南場さんは「とんでもない苦境ほど、素晴らしい立ち直り方を魅(み)せる格好のステージだ」とおっしゃっていますね。なかなか言えません。


南場  そうとでも思わないとやっていられないということもあるのですが。御社でもそういう経験はゼロではないと思います。我が社もそうですし私個人もそうです。でも、そういう試練は天からのプレゼントだと思って乗り越えます。才能に恵まれ、努力もし、すべてが報われて幸せな人生──それでは残せない生き方こそ、人に勇気を与えます。普通の人なら絶対に腐るであろう時に、腐らずに頑張る生き方が受け継がれます。


渡辺  御社が運営していたキュレーション(まとめ)サイトで2016年、不正確な内容や著作権侵害の可能性がある記事が多数発覚しました。


南場  問題を起こしてしまったチームの近くにいた人も遠くにいた人もいます。みながまったく違う思いでした。そうした複雑な状況で社員に言ったのは「ご迷惑をおかけした著作権者の方々への気持ちを結集させていこう」ということです。それと、第三者委員会の方が私たちに対して「率先して情報を出した」と言って下さったので、それを新たな出発点にしようと話しました。


渡辺  再生にあたりどういうことをしましたか。


南場  すべての事業で「世の中をデライトする」というミッションを最優先することを再確認しました。それから、DeNAについて意見を出し合いました。今のDeNAをどう思うか、DeNAに入って期待外れだったことは何か、期待通りだったことは何か、DeNAのどこが好きなのか、といったことです。


渡辺  第三者委員会からは、南場さんが掲げる「永久ベンチャー」という言葉について、自らが欲することを行いやすくするための免罪符になっていたのではないか、という指摘がありました。


南場  第三者委員会の方に確認したところ、挑戦を続けるのはよいが、社会に歓迎される存在でなければ永久に挑戦はさせてもらえない、という本来の意味をしっかり社員に伝えなさいとのことでした。常に新しいことに挑戦し続けることは素晴らしいことで、大事にしていきたいと今でも思っています。挑戦を諦めたらDeNAではありません。我が社は来年3月4日で20周年になります。DeNAを活性化させるプロジェクトをどんどん仕掛けていきたいと思っています。


DeNAの歩み


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リーダーは事業への情熱語れ

渡辺  各本部長が事業への情熱を発信し続け、興味をもった社員が自由に異動できる「シェイクハンズ制度」をつくりましたよね。新しいプロジェクトを立ち上げる時、メンバーを公募制にすることは弊社でもありますが、日常的に部門を変えるのは大変だろうと思います。


南場  大奨励しています。事業部長が事業に対する情熱を語っていないとだめですよ、ということです。世の中をこう変えたい、という情熱を語っていると、人はそこに引きつけられます。逆にそれを語っていなければ自部門の人を持って行かれます。情熱単位の組織にするためにしています。


朝日新聞社・渡辺雅隆社長

渡辺  リーダーが情熱を持って自分たちの事業について語っていないと、人も来ないし人が取られるわけですね。


南場  事業計画もあるし、それを達成しないといけないからコストを削減して、と数字に目がいくようになりますが、そもそも何のためにコストを削減するのか。さらには何のためにそれをするのかと言うと、お客さまにデライトを届けるため。事業全体のビジョンやミッションをはっきりさせ、すべてはそれに資する活動になっているのかどうかということが、すごく大事です。


渡辺  それを課すのは、すごく厳しいですね。


南場  わかっているつもりでも、言わないといつの間にか忘れてしまうので言葉にしようよ、表現しようよ、ということです。事業リーダーは表現者たれ、です。


渡辺  副業も兼業も認めているのですよね。


南場  ひとつの会社で仕事をする人は少なくなっていくと思います。ひとつの会社にとどまらない、プロジェクト単位の世の中になっていくでしょう。多くの人とコラボレーションしながら、世の中に対して価値を提供していく時代ですから。だから会社自らが開かれていないといけません。


渡辺  なるほど。社会課題を解決するにも、自分の会社だけでできることは限られていますよね。ただし、人事部門は大変ですね。


南場  大変です。ほかの会社で何時間働いたかも含め、主たる雇用者であるDeNAが責任を持たなければいけないので、見えない部分の労働時間の管理もしなければいけません。複雑性が高まっていますし、人事部の仕事は重要です。


渡辺  今の若い人たちは、会社を選ぶ時の基準として、労働時間なども含めた働き方をすごく気にしているように思うのですが。


南場  うちの会社は、そういうことよりも自分が成長できるかどうか、とか、通用する人材になれるか、といった自らの成長にすごく関心を持っている若者が多いです。


渡辺  採用するにあたっての基準はありますか。


南場  人材はばらばらな方がいいと思います。重要なのはスキルや個性や人柄の多様性です。どういう刺激に強く、どういう刺激に弱いかも含めてです。うまくいっている時は単一でもいいのですが、苦境に陥った時は色々な強さを持っている人間がいた方が強いです。そして、できればばらばらな強みのそれぞれが超一流の方がいいです。


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メディアは複眼的な見方を提供してほしい

DeNA 南場智子会長×朝日新聞社 渡辺雅隆社長

渡辺  メディアへの期待を教えて下さい。


南場  常識を疑う力が弱くなり、自分の腹に自分の考えを聞くということができなくなっていると思います。主要メディアが言ったことをそのまま信じてしまう傾向に恐れを抱いています。本来は教育の仕事なのですが、メディアには、多様な見方があることを考えさせてくれるような役割を果たしてほしいです。日本人は議論をするより、ひとつの意見にものすごい勢いで収束されていきます。それが日本の国の危うさだと感じています。一方的に非難されている人がいたとしても、その人には理由があるでしょう。その理由を理解した上で、読者なり国民が「それはやっぱりだめなことであり、踏ん張るべきだった」と言うのならいいのです。でもそうではなく、どちらかと言うと、ひとつの意見に簡単に流されているように思います。ですから、影響力のあるメディアには複眼的なものの見方を提供していただきたいです。


渡辺  DeNAはこれからどのようなことを目指しているのでしょう。


南場  私たちはゲームやスポーツというエンターテインメント、そして社会的課題の解決という二つに取り組んでいます。ヘルスケアを例に取ると、毎日体重計に乗ったり歩いたりすることは、場合によっては苦痛かもしれません。でも、そこに少しゲーム性を持たせると楽しめます。ゲームはやっぱり文化だと思います。DeNAは、社会課題の解決を楽しくできるユニークな会社ですので、その強みを生かして、引き続き世の中に大きなデライトを届けたいと考えています。そして、才能ある者が自己実現をする場としてのDeNAも磨き込んでいきたいです。


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  南場智子(なんば・ともこ)氏

南場智子(なんば・ともこ)氏 南場智子(なんば・ともこ)氏 プロフィール
 なんば・ともこ
1962年生まれ、新潟市出身。
津田塾大学卒業後、コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。ハーバード・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を取得し、96年にパートナー(役員)に就任。99年に退社してDeNAを設立、代表取締役社長に就任。2011年、病気で療養していた夫の看病のため社長を退任して取締役に。15年、取締役会長に就任し17年から代表取締役会長。15年からはプロ野球球団「横浜DeNAベイスターズ」オーナーも務める。



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  DeNA

 ネットオークションを立ち上げる目的で1999年に設立。「DeNA」の社名は、遺伝子を表す「DNA」に「eコマース」の「e」を挟んだ。インターネットを使って売りたい人と買いたい人の距離を縮めるような流通革命を起こしたい、そういう遺伝子を広げたい、という気持ちが込められている。モバイルゲームなどで業績を伸ばして事業領域を拡大。2011年に横浜ベイスターズをTBSホールディングスから買収し「横浜DeNAベイスターズ」として野球界に参入。16年に横浜スタジアムを子会社化して球場の運営も担う。「世界に喜びと驚きを」を目指す姿として掲げ、「インターネットやAIを活用し、永久ベンチャーとして世の中にデライト(喜び)を届ける」ことを長期の経営指針とする。18年3月期連結決算の売上高は1394億円、同月末での連結従業員は2475人。


【→ DeNA 企業情報】

 

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