ともに考え、ともにつくる インタビュー(東京海上日動火災 広瀬伸一社長)
はじめに

 さまざまな分野で活躍する方々を渡辺雅隆社長が訪ねる連載「ともに考え、ともにつくる インタビュー」の第15回は、損害保険国内最大手、朝日新聞社と同じく1879年創業で昨年140周年を迎えた、東京海上日動火災保険の広瀬伸一社長にご登場いただきました。


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【ともに考え、ともにつくる インタビュー】
創業140年の信頼と財産を生かし、新たな挑戦へ挑む
( 東京海上日動火災・広瀬伸一社長×朝日新聞社・渡辺雅隆社長 )


▼ 東京海上日動火災・広瀬伸一社長 のプロフィールはこちら

 

阪神・淡路大震災の経験生かす

渡辺雅隆社長(以下、渡辺) 広瀬さんは、1995年の阪神・淡路大震災の時、神戸の支店にお勤めだったとうかがいました。


東京海上日動火災・広瀬伸一社長

広瀬伸一社長(以下、広瀬)  地震があった95年1月は着任して3カ月でした。住んでいたマンションの建物は大丈夫でしたが、家具や食器などは散乱しました。


渡辺  私は大阪本社管内の勤務が長く、当時は大阪社会部の記者でした。地震直後に兵庫県西宮市の阪神支局に入り、5月の連休明けまで被災地の取材をしていました。


広瀬  事故や災害の際、お役に立つことが損害保険会社の使命です。まずは、会社に向かわなければいけないと考え、自転車で数十分かけて職場に向かいました。途中、倒壊した家屋などを多く目にしました。



渡辺  阪神・淡路大震災の時のご経験は、その後のお仕事にどのように生かされていますか。


広瀬  当時、地震保険の普及率が低く、しっかりとお勧めしなくてはいけないと感じました。その後、地震保険は全国的に普及し、2011年の東日本大震災の時には、多くの方のお役に立てたと考えています。
 19年4月、社長に就任し、いろんな形で社会課題の解決に貢献したいと考えていますが、一番大きな課題は、大規模自然災害からの復旧・復興だと考えています。


渡辺  18年は西日本豪雨や大阪、北海道の地震がありました。19年は相次いで台風が上陸し、大きな被害が出ました。


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テクノロジー活用し、支払い早期化へ

朝日新聞社・渡辺雅隆社長

広瀬  大規模自然災害の時に、迅速に保険金をお支払いすることはとても大切です。地震や水害の場合は、お客様のもとを1軒1軒訪ね、被害を確認し、保険金をお支払いできるか判定していますが、これには、多くの人手や時間がかかります。今では、ドローンを飛ばして地域の被害状況を把握したり、人工衛星で撮影した写真を人工知能(AI)で分析したりして、浸水の判定を行っています。そのうえでお支払いできる可能性が高い地域を特定して、機動的かつ迅速に要員を配置するなどの対応をとっています。


渡辺  今では、スマートフォンなどを使って被害状況の報告ができるとうかがいました。


広瀬  はい。以前から電話で事故・災害報告を受けるケースが多いのですが、ウェブやスマートフォンでお客様からご連絡をいただくケースが増えてきました。


スマートフォン上で事故連絡ができるアプリ「モバイルエージェント」の画面

スマートフォン上で事故連絡ができるアプリ「モバイルエージェント」の画面
東京海上日動 「モバイルエージェント」の詳しい説明はこちら


渡辺  支払いまでの期間も短くなっているのですか。


広瀬  おっしゃるとおり支払いの早期化が進んでいます。大規模災害だけでなく自動車保険も、早くお支払いできるよう、データ分析に強みを持つアメリカの保険会社「メトロマイル」と提携しました。事故報告のネット受付や、AIを活用することで、支払い迅速化に向けて順次対応しています。


渡辺  最近は、AIの活用が進んでいますね。


広瀬  はい、AIを活用してお客様にサービスを提案する保険を作り、NTTドコモさんと一緒に「AIほけん」として発表しました。


渡辺  朝日新聞社でもAIが高校野球の原稿を書いています。


広瀬  え! AIが?


渡辺  朝日新聞の記者が過去の原稿で書いた「あと1本が出ず、涙をのんだ」といった表現や膨大なデータをAIに学習させます。スコアを球場から入力します。すると、約1秒後に10行程度の原稿が出力されます。紙の新聞では採用していませんが、朝日新聞デジタルでは掲載しています。


広瀬  デジタル化は、お客様の満足度向上につながる部分もありますが、サイバー攻撃など新しいリスクも生じます。それに備える、新しい「サイバーリスク保険」も出しています。海外では浸透しており、日本でも取り入れる企業が増えてきました。サイバー攻撃に対しては、保険金を支払うだけでは十分ではありません。お客様がさらされているサイバーリスクを分析したリポートをお送りしたり、ホットラインを設置し、サイバー攻撃があった際の対応などをアドバイスしたりしています。


渡辺  コンサルティング的な仕事も加わってきていますね。


広瀬  単に事故、損害に遭ったときに保険金をお支払いするだけでなく、事前・事後の安心を付加した商品が増えています。たとえば、自動車保険とドライブレコーダーをセットにした保険を開発しました。運転中に危険地点をお知らせするほか、利用者の運転特性を元に、安全運転に関する診断リポートをお送りします。事故発生時には、状況に応じて、救急車を手配することもあります。レコーダーの映像は、事故解決にも役立ちます。


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明治維新後、大海原への挑戦を支える保険からスタート

渡辺  東京海上日動火災保険と朝日新聞社は、同じ1879(明治12)年創業で、2019年、140周年を迎えました。社名に「海上」と入っていますが、もともとは、海の保険から始まったのですか。


広瀬  はい。明治維新後、日本は海外との貿易によって発展してきました。その大海原への挑戦を支えていく保険からスタートしました。


東京海上日動火災保険株式会社の前身、東京海上保険会社の「創立願書」

東京海上日動火災保険株式会社の前身、東京海上保険会社の「創立願書」
1878(明治11)年9月7日に岩崎弥太郎以下26名の連署で東京府知事に提出された。その後「海上保険会社創立証書並定款御認可願」と「創立定款」が株主総代蜂須賀茂韶より提出され、1879(明治12)年7月30日に内務省認可。同年8月1日に創業。

朝日新聞の「新聞紙発行御願」

朝日新聞の「新聞紙発行御願」
1878(明治11)年12月23日、責任者・村山龍平(後の社長)から当時の大阪府知事渡辺昇あてに出された「新聞紙発行御願」。1879(明治12)1月21日付けで許可され、1月25日創刊した。


渡辺  この140年間、ライフスタイルや社会の変化に合わせながら商品を生み出し、進化させてきたのですね。この先、150年、200年を見据えて考えていらっしゃることはありますか。


広瀬  環境や技術の変化、日本の人口動態にあわせ、お客様のリスクも変わります。人や企業の挑戦を支えるという使命はそのままに、時代の変化に合わせていきたいと考えています。


渡辺  自動運転や若者の車離れなどについては、どのようにお考えですか。


広瀬  自動車保有台数は現時点では減少していません。事故については、衝突軽減ブレーキの普及などにより、頻度は下がっています。一方、センサーなど高額な機器が自動車に備え付けられているため、修理費が上昇傾向です。そうした状況を踏まえると、短期的に自動車保険のマーケットが縮小することはないと考えていますが、20~30年の長期的な視点で見ると、人口減少などにより、保有台数自体が減っていくでしょう。自動車保険以外の新しい分野にも挑戦していくことが必要になります。


渡辺  朝日新聞社は紙の新聞を発行し、朝日新聞デジタルも運営していますが、近年、専門性を持ったメディアが欲しいというお客様のご要望に応え、認知症やペットなど専門分野に特化したサイトを複数立ち上げました。認知症のサイトは「なかまぁる」といい、認知症とともに生きる人や支える方々に向けた情報などを掲載し、お客様と双方向でつながっています。


朝日新聞社の認知症専門サイト「なかまぁる」の画面

朝日新聞社の認知症専門サイト「なかまぁる」の画面
「なかまぁる」はこちら


広瀬  今の日本社会は、シニアの方が増えていますね。特定の情報を読みたいというニーズがあるのですか?


渡辺  ネットにはたくさんの情報があふれていますが、あちこち情報を探すのは大変です。自分の求める情報を探せる人ばかりではありません。新聞社が出す情報は信頼感があるので、検索エンジンでも比較的上位に表示されるようになりました。


広瀬  140年間の信頼の、重み、財産ですね。


渡辺  御社も140年間、お客様の「いざ」に備えていらっしゃった。災害や事故に遭った際、保険会社側から「保険金が支払われます」と言われれば、とても安心しますね。


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信頼は10分で失われ、もう一度築くには10年かかる

渡辺  朝日新聞社では、信頼回復に取り組んでいます。5年前に大変な問題が起き、新聞社で最上位だった信頼度が、最下位に落ちました。そこから、どう信頼度を上げていくかということに、社長就任以来5年間、取り組んできました。
 損保業界でも10年以上前に、保険金の支払い漏れがありました。現場でどのようなことを感じましたか。


広瀬  当時、保険金の支払い漏れは社会問題になりました。そこからの信頼回復は大きなテーマでした。当時は保険会社の常識と世間の常識にギャップがありました。そこで、お客様の期待に応えるために、いつでも、どこでも、欠かすことなく実現する品質の基準として「安心品質基準」を作り、今でも全社員で守っていく取り組みを続けています。保険金のご請求をこちらからお客様に声かけさせていただくことも、その一環です。


渡辺  社員一人一人の意識を変えていくのは、とても大変だと思います。どのように、取り組まれましたか。


広瀬  上から「こうして下さい」と指示するだけだと腹落ちしないので、社員みんなで議論する場を設けています。支払い漏れの記憶も、10年以上たつと薄れかねない。それ以降に入社した社員も多くなりました。毎年11月を「安心品質月間」と定めて、19年は、社外の方が多く参加している「業務品質委員会」の委員長と私の対談を録画し、それを元に全職場で議論しています。当時のことを知っている社員には、経験を話してもらっています。


渡辺  企業活動はお客様の信頼を失うと、うまくいきません。


広瀬  信頼は10分で失われますが、もう一度、信頼を築くには10年かかります。


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共生社会の実現へ

渡辺  社員の健康を経営的課題としてとらえる「健康経営」や、「地方創生」のサポートにも取り組んでいるとうかがいました。


広瀬  健康経営や地方創生を担当する部署を設けています。自社の健康経営だけでなく、取引先の中小企業さんのお手伝いもしています。人手不足の中、健康経営は採用面でもメリットがあります。生産性向上にもつながり、取り組む企業が増えています。
 また、地方創生にも力を入れています。地元企業が海外進出する際の橋渡しや、海外の方の訪日をサポートする商品を提供しています。本部に専門部署を設けているほか、全国で兼務者を含め約200人の担当者がいます。地方が元気になり、人や物の動きが活発になると、保険のニーズが高まると考えています。


渡辺  20年は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開かれます。御社として、どのようなことに力を入れていますか。


広瀬  東京1964オリンピック、札幌1972冬季オリンピック、長野1998冬季オリンピックで大会運営に関する保険をお引き受けをしました。今回の東京2020オリンピック・パラリンピックでは、損害保険のゴールドパートナーとして大会を支えたいです。当社では、特に、パラリンピックスポーツの応援に力を入れており、様々な種目を社員みんなで観戦しに行ったり、パラリピアンの方に講演いただいたりしています。例えば、ボッチャについては、本社1階のスペースにボッチャのコートを設置しています。昨年、全国47都道府県で代理店・社員によるボッチャ大会を実施し、11月には各都道府県の代表チームを集め、全国大会も開催しました。こういう形でパラリンピックに関心をもってもらうよう取り組みを進め、パラリンピックの会場を満員にしようと皆で言っています。


渡辺  東京という成熟した都市で開かれる大会です。朝日新聞社でも、障がい者の方と一緒にみんなで楽しめることを考えています。その一つとして、健常者と障がい者が、オリンピアンとパラリンピアンと一緒にウォーキングする「ジャパンウォーク」というイベントを開いています。会場内にパラリンピック競技の体験ブースを作って、多くの方に楽しんでいただいています。


広瀬  パラリンピックを応援することは、誰もが互いの人格や個性を尊重して支え合う共生社会の実現につながると信じています。障がいを持ちながら、自分の可能性を信じて挑戦されているパラリンピアンの方々をぜひとも満員の会場でたたえたいです。


渡辺  最後に、これからのメディアや朝日新聞社に対してのご要望をお聞かせ下さい。


広瀬  先ほどから話に出ていますが、朝日新聞社には大きな信頼感があります。世の中にあふれている様々な情報を、色々な形で発信していただきたいと思います。また、全国津々浦々に販売所や取材網があるので、これを生かして地域発展のお手伝いをしていただけるとありがたいですね。私どもも全国各地に代理店や支社があります。地方創生のコラボレーションができるといいですね。


東京海上日動火災・広瀬伸一社長×朝日新聞社・渡辺雅隆社長


渡辺  制度のひずみは、弱いところ、たとえば、中央と地方だったら地方、元気な人とお年寄りであれば、お年寄りにしわ寄せが来ます。すでに、そうした状況は出てきており、支えていく必要があると思っています。これを機会に、なにか一緒に取り組めることがないか考えていきましょう。


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  プロフィール

広瀬伸一(ひろせ・しんいち)氏 広瀬伸一(ひろせ・しんいち)氏 プロフィール
 ひろせ・しんいち
 1959年岐阜県生まれ。82年名古屋大学経済学部卒業、東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)入社。94年神戸支店、2008年高松支店長、14年東京海上日動あんしん生命保険社長。同年6月東京海上ホールディングス取締役。17年同社常務執行役員。18年同社専務執行役員、19年4月東京海上日動火災保険社長に就任。



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  東京海上日動火災

 1879年、日本初の保険会社として「東京海上保険会社」が創業。当初から海外での営業を積極的に展開していました。1914年、日本で初めて、自動車保険の営業を開始。2002年、日動火災と経営統合し、持株会社ミレアホールディングス(現在の東京海上ホールディングス株式会社)を設立、2004年に東京海上と日動火災が合併し、東京海上日動火災保険が誕生しました。
 正味収入保険料2兆1666億円(2018年度)。従業員数1万7203人。国内営業網127営業部・支店、377営業室・課・支社、22事務所。代理店数4万9651店(国内)。
 東京海上日動は、東京2020大会ゴールドパートナー(損害保険)です。


 

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