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CM天気図1000回 コラムニスト・天野祐吉

1月26日付朝刊17ページ オピニオン1

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 読者Aさん よくもまあ、だらだらと千回も書きましたね。広告のどこがそんなに面白いんですか。

 天野 すみません。でもね、広告って物を売るだけじゃない。その時代のぼくら大衆の欲望や気分をいきいきと映しとってるんですね。時代の空気の記録係っていうか。ちょっと、そこから話をさせてください。

    *

 たとえば、「大正デモクラシー」と呼ばれた戦前の一時期のことを知ろうとすると、大正から昭和初期にかけての年表や資料を見れば、だいたいの知識は得られる。が、知識は得られても、空気まではなかなかつかめない。そんなとき、たとえば片岡敏郎の書いたスモカ歯磨(はみがき)の広告を見れば、たちまちぼくらは、そのときの街角に立って、道行く人たちを眺めている気分になる。

 「なんとまア おきれいなお歯…と逢(あ)ふ人ごとにほめられて スモカ使うの わたし もういやッ!」(歯だけがきれいな女の子がべそをかいている顔の絵)

 「街は北風 待ち人来ない ウインドグラスにイイして見たら なんぼなんでもこの歯の色で スモカ使はで顔合はさりょか」(街角で人待ち顔のモダンガール)

 「永らくアチラに居りました 英語? 少しは行けますよ まづお早(はよ)うがグッドモーネン 手拭(てぬぐい)がタオ 楊子(ようじ)がブラシ 歯磨はスモカ エース歯磨はスモカ!」(洋学紳士風のおしゃれ男)

 「足下(そっか)試みに鏡を取りて強くヒッと発音せよ そこにはいと醜き足下の歯あるを見出(いだ)すであらう そしてスモカを用ふるの遅かりしを 足下思はずチッと発音するに至るであろうよ」

 ついでにいえば、片岡のこうしたコピー作法を戦後に受け継ぎ、1960年代の空気を最も鮮明に映しとったのは、アンクルトリスを主人公にしたトリスウイスキーの広告だ。

 60年代といえば、貧しくても人と人のつながりがまだ色濃くあった時代だが、同時に日本が高度成長の路線に乗って、物質的な豊かさを追い始めた時代でもある。柳原良平の描くアンクルトリスにおのれの思いを託して、この時期、開高健や山口瞳が名コピーを数多く書き残している。

 「『人間』らしくやりたいナ トリスを飲んで 『人間』らしくやりたいナ 『人間』なんだからナ」

 「野球中継が スポンサーの御(ご)好意もなく 途中で打ちきられても、だな 腹をたてるなよ! 紳士なら 野球通なら 思いをこめて トリスを飲もう! 頭のなかで 自分の野球を組みたてよう 勝利を信じて トリスを飲もう!」

 「トリスあり 故にわれあり がまんだ がまんだ 妻と子の喜びを 自分のよろこびとさせ プールサイドにトリスあり 故にわれあり 故に愉快なり 涼風だけを 肴(さかな)とせよ」

 ■面白くなければ

 読者Bさん でもさ、あんたは「CM天気図」に面白い広告ばかり取り上げてるけどさ、広告にとっての良い悪いは、どんだけ面白いかじゃなくて、どんだけ商品を売ったかでしょうが。

 天野 すいません。でも、面白くもない広告は、だれも見てくれないでしょうが。「つまらん! お前の話はつまらん!」って、大滝秀治さんに怒られるのがオチですよ。ただし、「面白い」というのは、げらげら笑えるってことじゃないんです。いままで見えていなかった世界が、雲が切れてスッと見えてくる感じ。いままで気づかなかったものにフッと気がつくことですね。そのとき雲が切れて、向こうから光がさしこんできて、面が白くなる。それを昔の人は「面白い」といったんですね。

    *

 「CM天気図」の前身コラム「私のCMウオッチング」を書き始めた84年から、ぼくとしてはできるだけ、時代の空気を映しとった面白いCMを選んできたつもりだ。

 広告は商品を売るのを手助けするのが仕事であって、時代の空気を映すなんてこととは関係がないという人もいる。が、時代の空気をいきいきと映しとっているCMほどヒットするし、ヒットすることで、それだけその商品を世の中に押し出す役割を果たす。面白いということは広告の必要条件なのだといっていい。

 そんなつもりで選んできたCMの中でも、とくにぼくが好きだったのは、日清カップヌードルの「ハングリー?」シリーズと、JR東海の「そうだ 京都、行こう」のシリーズ、それにいまも元気につづいているBOSSの「宇宙人ジョーンズ氏」と、ソフトバンクの「白戸家」のシリーズだ。

 「ハングリー?」は、飽食ニッポンに住んでいるぼくらに、いまも飢えに苦しんでいる人たちが地球上にたくさんいることを思い起こさせてくれたし、「お前だって腹はいっぱいでも、精神はハングリーじゃないのか」と言われているような気がして、一瞬、ドキッとしたのを覚えている。それは、「ハングリー?」と怒ったように叫ぶ元プロ野球選手のアニマルさんの声の力によるところも大きかった。

 JR東海の「そうだ 京都、行こう」も、放送されている地域は限られているが、評判のいいシリーズだ。一つのシリーズがこんなに長く、10年以上も続いているのが、その証(あかし)だろう。このシリーズのCMに一貫して映りこんでいるのは、経済成長まっしぐらで走りつづけてきたのはいいけれど、どこかに何か大きな忘れ物をしてきてしまったのではないかと感じはじめた多くの人びとの気分である。いま京都へ行くことは、単なる観光のためではなく、遺失物探しのためなのだ。

 そして、「宇宙人ジョーンズ氏」や「白戸家」のシリーズにも、いまという時代の持つひずみや間違った思いこみを映しとることで、ぼくらの想像力を刺激してくれる楽しさがある。なぜこんなにせかせかと、休むひまもなく働きつづけるのか。なぜ、お父さんが犬ではいけないのか……。

 ほかにも時代の空気を映す面白いCMはいろいろあったが、単発のCMよりも、やはりシリーズものは強い。一発ねらいのホームランバッターより、こつこつと単打を積み重ねていく3割バッターのほうが、それだけ確実に企業や商品のイメージを人びとの中にストックしていくことができるからだろう。

 別にシリーズでなくても、いつも一貫した語り口で語りかけてくる企業は、人びとに信頼感や安心感を与える。どこかの国の首相のように、ころころ人が変わり、語り口が変わるのは、どう考えてもいただけない。

 ■広告はどこへ行く

 読者Cさん まあ、話はわかったけど、昔にくらべると、広告は元気がなくなったねえ。これから広告はいったいどうなるの?

 天野 仕事柄、そういう質問をしつこくされてうんざりしてるんですけどね、はっきりいってわかりません。自分の明日のことさえわからないんですから。でも、そんなこといってると、朝日新聞の人に「読者サービスが悪い」って怒られるから、思いつくままにお話しします。ただ、あまり信用しないでくださいね。

    *

 「しあわせって、なんだっけなんだっけ」

 と、明石家さんまが一人で歌うCMが、86年にヒットした。

 CM上の正解は「ぽん酢しょうゆのある家(うち)さ」ということなのだが、多くの人にとっては、それだけが正解ではない。それというのも、「なんなんだろう」という思いを、漠然とだが、人びとが抱きはじめた時期だったからではないだろうか。

 いくら物を買っても、ちっとも豊かな気分になれない。それどころか、むしろ、物足りないというか、むなしいというか、そんな気分が増すばかりだという実感が生まれてきたのが、このCMのヒットにつながったのだろうと思う。これもまた、その点で、時代の空気を映しとったCMだったといえるだろう。

 この時期から、実は、大量生産・大量消費に依存した20世紀型の経済モデルは、通用しなくなったということなんだろう。経済成長だけをがむしゃらに追求するモデルの賞味期限が切れてしまったのである。人びとに夢を売ってきた百貨店が、このころから福袋でしか夢が売れなくなってきたのと、それはどこかで重なってもいる。

 が、世の中、そう簡単には変われない。「しあわせって、なんだっけなんだっけ」と、明石家さんまの歌うキッコーマンのCMが一昨年からテレビに再登場したのも、事態は何も変わっていないことの証拠だろう。

 それでも、経済問題に環境問題やらエネルギー問題やらも加わって、いまの経済モデルは、もう賞味期限どころか、消費期限まで切れかかっている。経済の成長よりも生活の質を第一に考えるようなモデルに大きく転換しなければならないことは、避けられないところまで来てしまっているんじゃないだろうか。

 その点で広告もまた、大きな転形期を迎えている。20世紀型の生活像を描くのに、広告は先導的な役目を果たしてきたが、その大きな書き換えにも力を発揮できるかどうかが、いまは問われているんだと思う。

 と言っても、それはゼロからはじまる作業ではない。いままでのすぐれた広告の中に、その断片はいくつも現れている。それをどうふくらませていくか。それが、広告をつくる人たちのこれからの仕事になっていくし、それをぼくも楽しみに見守りたい。

 朝日新聞の担当者 しょうもない質疑応答をありがとうございました。紙面がもったいないのでこのへんで。

    *

 あまのゆうきち 1933年生まれ。雑誌「広告批評」元編集長。松山市立子規記念博物館名誉館長。「CM天気図」は90年から連載し、今回で第1000回。

    ◇

 CM天気図の掲載千回を記念して、「天野祐吉特別トークショー」を3月16日(水)午後7時〜8時半、東京・築地の浜離宮朝日小ホール(朝日新聞東京本社内)で催します。読者330人を招待します。往復はがき(1人1枚)に郵便番号・住所・氏名(返信用にも)・年齢・電話番号を書き、〒104・8011(住所不要)朝日新聞社CSR推進部「天野祐吉特別トークショー」事務局へ。2月18日(金)必着。応募多数の場合は抽選します。問い合わせは電話03・5540・7453(平日の午前10時〜午後5時)へ。

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