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オオカミ再導入で生態系は? 米イエローストン国立公園の試み 100頭近くで推移

12月5日付夕刊7ページ 環境

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雪のイエローストン公園を疾走するオオカミ。褐色や黒色、灰色など毛の色は様々だ=ダン・ステイラーさん/米国立公園局提供

 米イエローストン国立公園へのオオカミ再導入=キーワード=は、野生動物をめぐる「20世紀最大の実験」と呼ばれた。この地域でオオカミはいったん絶滅したが、1990年代にカナダから連れてきた結果、保護の必要がないまでに増え、2012年9月末には絶滅危惧種の指定を解除された。こうした試みは生態系にどんな影響を与えたのか。

 イエローストン国立公園は四国の半分くらいの広さだ。国立公園局オオカミプロジェクト担当の生物学者ダン・ステイラーさん(38)によれば、現在、公園内には約90頭のオオカミがいる。

 1995年と96年に「再導入」された計31頭は5年間で100頭を超えた。「獲物となるエルク(ヘラジカ)がオオカミのいない環境に慣れ、無警戒だったことが大きい」と指摘する。

 だが、2005年にはウイルス感染症の犬ジステンパーが流行して前年から3割も減った。なわばり争いなどもあり08年に再び減少。ここ3年は100頭を下回っているが、ほぼ同じ水準が続く=グラフ。ステイラーさんは「現在の状態が環境に応じた適正な数」とみる。

 ロッキー山系北部にいるオオカミは現在、公園内の約90頭を含め約1700頭が確認されている。

 今年9月末で公園の大部分が含まれるワイオミング州で絶滅危惧種の指定を外れた。そのため、公園を一歩外に出ればオオカミは駆除や狩猟の対象だ。ワイオミング州では10月以降、50頭余りを目標に狩猟が実施されている。11月には調査のための首輪をつけた複数のオオカミが、公園のすぐ外で射殺される出来事も起きている。

 ●ヘラジカ減少、植生は回復

 オオカミの再導入で公園には様々な変化が起きた。

 エルクは公園北部に一時1万2千頭いたが、現在4千頭に減った。ただ、オオカミの増減とは必ずしも一致しない。「気候の影響や公園外での狩猟、クマなど他の動物による捕食など様々な要因が関係している」という。

 ポプラ、ヤナギなどの植生は回復した。その理由として、木の芽や樹皮を食べるエルクが減ったことが考えられるが、ステイラーさんは「議論の余地がある」と慎重だ。

 オオカミよりひと回り体の小さいコヨーテへの影響は面白い。オオカミとコヨーテは同じ肉食で競争関係にある。オオカミはコヨーテを食べないが、襲うことはある。そのため、コヨーテの数はいったん減少したが、また増えているという。「賢いコヨーテが適応してきたようだ。オオカミからうまく逃れるようになり、彼らが食べ残した死骸にありつくこともある」

 ●園外の群れが頭数維持の鍵

 オオカミは今後、近親交配が進んだり、数が減ったりする心配はないのか。

 国立公園局が10年間、公園内のオオカミの遺伝子を分析した結果から、「健全な状態を保てるだけの遺伝子交雑がある」との結論が出たという。オオカミは10頭前後の群れをつくって生活しており、独立した子ども同士が新たな群れをつくる。公園の境界を越え自由に移動もできる。数百キロ単位で移動することも珍しくないという。

 ただ、公園の外にいるオオカミが極端に減ればどうなるかわからない。

 米魚類野生生物局によれば、11年に狩猟や駆除で死んだオオカミは500頭近くに上る。一方、同年のオオカミによる家畜の損失は牛193頭、羊162頭など。被害補償のため私的な基金や州当局から約30万ドル(約2400万円)が支払われた。

 再び「絶滅危惧」状態に陥らないため、モンタナ、アイダホ、ワイオミングの各州政府は公園外で100〜150頭を維持する管理計画を立てている。ただ、ステイラーさんは「仮に公園外で400頭まで減った場合、遺伝的な健全性や個体数が保たれるか不安がないわけではない」と話している。(イエローストン国立公園〈米ワイオミング州〉=行方史郎)

 ◇運命握るのは人間 ステイラー氏

 米国でもオオカミの再導入には慎重論がありました。ただ、「自然はそのままであるべきだ」とか「人間にとって都合がよくないかもしれない」という理由で、再導入すべきではないという意見には賛同できません。米国でも日本でも、オオカミを絶滅に追いやったのは自然ではなく、人間だからです。結局のところ、私たち人間がオオカミの運命を握っています。

 米国では、オオカミは復活させるが、負の影響は最小限にするという道を選びました。そのためにはオオカミを管理する必要があり、重大な責任を伴うのです。

 ◆キーワード

 <オオカミの再導入> イエローストン国立公園周辺にはかつて多くのオオカミがいたが、駆除や捕獲で1926年を最後に確認できなくなり、73年に「絶滅危惧種」に指定された。オオカミの再導入には反対や慎重な意見もあったが、生態系回復のため、95年と96年にカナダから連れてきた計66頭(うち国立公園内に31頭)が放された。

 米魚類野生生物局によれば、ロッキー山系北部全体では05年に1千頭を超え、11年末には1774頭。保護の必要がなくなったとして、今年9月に最後に残っていたワイオミング州で絶滅危惧種の指定を解除した。国立公園外では各州政府の管理のもとで駆除や狩猟が行われている。一方、地元の野生動物保護団体などは指定解除の無効を求めて連邦裁判所に裁判を起こしている。

 ●オオカミ管理 大変な労力、覚悟あるか(記者ノート)

 「オオカミが観察できるのは早朝か夕暮れ」と公園のガイドに聞き、地図で示された場所に夕方向かった。季節外れとはいえ、望遠鏡を構えた人が10人はいる。自分も三脚を立てると、はるか遠くに2頭のオオカミが見えた。

 地元モンタナ大学は、オオカミ再導入で観光客が増え、年間約30億円の経済効果があったとの試算を出している。

 しかし、米連邦政府はオオカミの管理に年間約3億円を費やしているという。国立公園局にはステイラーさん以外にもオオカミの調査に当たる常駐のスタッフが3人いて、ボランティアを含めると20人を超える。このほか、各州政府にも管理や家畜の被害対策にかかわる人がいる。

 絶滅危惧種の指定を外れたとはいえ、数を適度に維持しようと思えば、手間はかかる。しかも半永久に続けなくてはならない。

 日本にもオオカミ再導入の構想があると聞く。忘れてならないのは、将来にわたってオオカミと付き合う覚悟とその財政的な裏打ちがあるのかということだ。(行方史郎)

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