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床屋さんの赤青白マークは何?

 福島県・渡部快翔(わたなべかいと)さん(小2)ほかからの質問(朝日新聞社発行 2011年6月25日付be)

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 ●昔(むかし)は外科医(げかい)だった名残(なごり)なの

 ◇ののちゃん 床屋(とこや)さんは、どこも赤青白(あかあおしろ)の3色(しょく)の回転灯(かいてんとう)が店(みせ)の前(まえ)にあるけれど、どうしてかなあ。

 ◆藤原先生 あれは、サインポールと呼(よ)ぶの。由来(ゆらい)にいくつかの説(せつ)があるんだけど、確(たし)からしいところから話(はな)すわね。中世(ちゅうせい)のヨーロッパでは、歯(は)を治(なお)したり傷(きず)を手当(てあ)てしたりする人(ひと)たちが理髪外科医(りはつげかい)と呼ばれ、髪(かみ)を整(ととの)える仕事(しごと)もしていたのよ。

 ◇のの お医者(いしゃ)さんだったの!

 ◆先生 その治療法(ちりょうほう)の中(なか)に「瀉血(しゃけつ)」というのがあったの。体(からだ)の悪(わる)い部分(ぶぶん)に悪い血(ち)が集(あつ)まるから、病気(びょうき)を治すためにその血を体外(たいがい)に出(だ)そうとしたの。当時(とうじ)は盛(さか)んだったみたい。

 ◇のの そりゃ、痛(いた)そうだよ。

 ◆先生 患者(かんじゃ)に棒(ぼう)を握(にぎ)らせて、血が棒を伝(つた)わって受(う)け皿(ざら)へと落(お)ちるようにしていたの。だから、血が目立(めだ)たないように、棒は赤く塗(ぬ)られていたらしいの。治療後(ご)にまく白い包帯(ほうたい)が棒に巻(ま)き付(つ)いたことがあり、そんな様子(ようす)から赤と白が理髪外科医の看板(かんばん)に使(つか)われるようになったというの。

 ◇のの となると、青はなんなの?

 ◆先生 いろいろな看板が使われるうちに青も加(くわ)わっていったみたい。その後、専門性(せんもんせい)が高(たか)まって外科と理髪が分(わ)けられるようになり、イギリスで1745年(ねん)に仕事別(べつ)に組合(くみあい)を作(つく)った時(とき)、外科は赤白、理髪は赤青白を使うようになったんだって。理髪店(てん)の団体(だんたい)の人に聞(き)いても、この説が有力(ゆうりょく)だと教(おし)えてくれたわ。

 ◇のの へえー、そうなんだ。

 ◆先生 お医者さんがやっていたことと関係(かんけい)づけて、赤は動脈(どうみゃく)、青は静(じょう)脈、白は包帯を示(しめ)すという説明(せつめい)も聞くわ。ただ動脈を赤、静脈を青で表(あらわ)すのは、1628年の発表(はっぴょう)で用(もち)いられたのが最初(さいしょ)らしい。でも、赤青白を使った看板はその前からあったので、この説はあとから広(ひろ)がっただけと言(い)えそうね。きちんとした記録(きろく)がないので、どれが正(ただ)しいと、はっきり言い切(き)るのは難(むずか)しいみたい。

 ◇のの 日本(にほん)で使われたのはいつ。

 ◆先生 髪結(かみゆ)いという仕事は江戸時代(えどじだい)にもあったけれど、西洋風(せいようふう)の理髪店は1869(明治〈めいじ〉2)年に横浜(よこはま)で開(ひら)かれたのが最初なの。その2年後には、赤青白に塗り分けた看板の記録が残(のこ)っているので、西洋の理髪技術(ぎじゅつ)とともに入(はい)ってきたようね。

 ◇のの 美容院(びよういん)は使わないの。

 ◆先生 だめというわけではないけれど、美容院が法律(ほうりつ)で区別(くべつ)されたのは第(だい)2次世界大戦(じせかいたいせん)のすぐあとなの。赤青白のサインポールは、その時に理髪店が引(ひ)き継(つ)いだらしいわ。

 ◇のの よく見(み)ると、いろんなタイプがある気(き)がするけれど。

 ◆先生 形(かたち)の違(ちが)いだけでなく、緑(みどり)やオレンジを使った色変(いろが)わりのタイプもあるわ。大(おお)きいのは存在感(そんざいかん)があるけれど、出(だ)し入(い)れが大変(たいへん)といった悩(なや)みもあって、最近(さいきん)は壁(かべ)に取(と)り付ける小(ちい)さめサイズも好(この)まれるそうよ。

 (取材協力=全国理容生活衛生同業組合連合会、大阪サイン、ポーラ文化研究所、構成=米山正寛)

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