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(環境元年 第5部 太陽ウオーズ:3)光合成活用、夢の技術探し

日差しを浴びるサンパチェンス。「サカタのタネ」(横浜市)が交配で開発した草花で、光合成によるCO2吸収能力は他の園芸植物より4〜6倍高いという=山梨県山中湖村の「花の都公園」、蛭田真平撮影遺伝子組み換え技術で、乾燥や塩害に強く、かつ周辺生態系に影響を与えない樹木の研究が進む=三重県亀山市の王子製紙森林資源研究所、庄司写す

 太陽の光を利用して、地球温暖化の原因となる大気中の二酸化炭素(CO2)を減らす――。そんな夢のような技術も、植物は光合成というかたちで何十億年も前から続けてきた。こうした植物の働きを頼みにした温暖化対策の開発が始まったが、生態系を大きく変えるおそれもあり、一筋縄ではいかない。(庄司直樹)

◆生態系への影響巡り議論 プランクトン増へ「海に鉄粉」

 今年2月、米国シリコンバレーのベンチャー企業「プランクトス社」の小さな発表が、海の生態系を研究する研究者の間で話題となった。

 「海の植物プランクトンを増やすための鉄散布は行わない」。鳴り物入りで始めようとしていた事業からの撤退を明らかにしていた。

 同社は昨年夏、南米エクアドルのガラパゴス諸島近くの海域に鉄粉80トンを栄養分として散布し、増殖させた植物プランクトンで削減したCO2の排出枠を販売する事業を計画した。しかし、世界遺産にも指定された豊かな生態系への影響を心配する環境保護団体などが強い反対の声をあげ、断念に追い込まれた。「活動家による誤った情報にもとづいたキャンペーンがあった」とネット上での発表に悔しさをにじませた。

 地球上には、北太平洋や南極海など、植物プランクトンの栄養分を豊富に含みながら生息量が少ない海域がある。原因はなぞとされたが、80年代末、光合成に不可欠な鉄分が不足しているためとの仮説が唱えられるようになった。そうした海域はいずれも陸から遠く離れ、砂塵(さじん)などで鉄分がもたらされにくい位置に広がっている。

 学説を唱えた米国のモス・ランディング海洋研究所の海洋化学者ジョン・マーチン博士(故人)は、風の強かった氷河期には陸から海に多くの鉄分が供給されており、植物プランクトンの増殖で大気中のCO2濃度が下がり、気温が低かったと指摘。「タンカー1杯分の鉄があれば地球を氷河期に戻せる」と語ったとされる。

 一説によると、鉄分が不足している海域が最大限活用できれば、年間17億トンのCO2吸収が見込める。人間が1年間に生み出す約70億トンの約2割を削減できる計算だ。必要な鉄分は25メートルプール1杯分の海水に対してさじ1杯ほどで、「安上がりな温暖化対策になる」と期待が膨らんだ。

 鉄を海洋に散布する実験は、93年から04年までに計12回行われている。いずれの実験でも植物プランクトンの増殖が起こり、一定量が死骸(しがい)などとして海底に向けて沈む様子が確認された。

 北太平洋で行われた3回の実験に加わった電力中央研究所の芳村毅主任研究員は「海の吸収能力を人の手で促進できることを示した」と話す。

 成果に飛びついたのがプランクトス社のようなベンチャー企業だ。性急な商業化の動きに風向きは一気に変わる。

 廃棄物の海洋への投棄を規制するロンドン条約の事務局は7月、議論のたたき台となる報告書をまとめた。「大多数の国は、鉄散布は『廃棄物投棄』にあたり規制が必要と考えている」との内容だ。10月末にロンドンで開かれる会議で主要議題となる。

 5月にドイツで開かれた生物多様性条約の締約国会議も、「今後は沿岸域での小規模な実験以外は原則認めるべきではない」と決定。議長を務めたドイツのガブリエル環境相は「事実上のモラトリアム(一時停止)に持ち込めた」と満足げに語った。

 「海の食物連鎖の基礎である植物プランクトンをいじることで、生態系全体に予想できない副作用が起きる可能性がある」とグリーンピース・ジャパンの花岡和佳男さんは問題点を指摘する。

 12回の実験では、プランクトンの増殖量や炭素の固定量にばらつきがあり、鉄散布の効果はあらかじめ計算できる段階にはない。温暖化対策として大規模に乗り出すのは時期尚早としても、将来の可能性も捨て去っていいのか、異論もある。

 01年の北太平洋の実験では、350キロの鉄を散布して2週間で570トンのCO2を吸収した。これは、高さ30メートルの樹木630本分に相当する固定量という。陸上なら数十年かかるところを、けた違いのスピードで達成したことになる。東京大学海洋研究所の津田敦准教授は「自然相手の対策にはメリット、デメリット両面があるのが普通。政策決定者が将来、是非を判断するためにも可能性は追求するべきではないか」と話す。

 ◆開発進む「スーパー樹木」 一代限り樹木・乾燥に強い木…

 植物の光合成によるCO2の吸収と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは森林だろう。これまで植林できなかった土地でも育つ「スーパー樹木」が誕生すれば、太陽をより広い範囲でとらえられるはずだ。

 鈴鹿山脈のふもとにある三重県亀山市の王子製紙森林資源研究所。ユーカリ試験地を案内してくれた伊藤一弥所長が5メートルほどに育った一本の幹をなでた。まわりの木が豆粒大のつぼみをつけるなか、葉っぱを茂らせているばかり。「様子見が必要ですが、子孫を残さない樹木づくりに成功したかもしれません」

 研究所はこれまで、成長が速く紙の良質な原料となるユーカリに、遺伝子組み換え(GM)によって乾燥や塩害などに耐える力をつける技術を確立してきた。

 だが、屋外で育てると、花粉が風や野鳥などに運ばれて、在来の樹木に影響を及ぼすおそれがある。こうした「遺伝子汚染」への心配から、商業栽培例は世界で一件もない。社会に受け入れられる技術がまず求められている。

 伊藤所長は「一代限りのGM樹木を生み出すことができれば、普及の地ならしとなる」と期待している。

 GM技術に頼らない試みもある。

 京都府木津川市の地球環境産業技術研究機構(RITE)は、日本製紙や東京大学と一緒に、環境ストレスに強いユーカリを素早く判定する方法づくりに取り組む。

 年間降水量が600ミリと少なく、樹木には不利な自然条件であるオーストラリア南西部の半乾燥地4万ヘクタールに植えたユーカリの中から、枯れずに強い耐性を示した「エリート候補」70本を選抜。クローンの苗を2万本つくり、3年前から約50ヘクタールで育成している。

 世界には、樹木の育たない乾燥地域が陸地全体の4割にあたる計52億ヘクタールある。人間による過剰な放牧や開墾で荒れた土地はこのうち約10億ヘクタールあり、この土壌荒廃地で生育できる樹木をつくれば年10億トンのCO2を吸収させられるというのがRITEの計算だ。

 半乾燥地に負けずに育った苗は高さ約10メートルになった。これから、何が生存の決め手となっているかを突き止めていく。RITE産業連携推進本部の村上嘉孝専門役は「エリートのしるしを遺伝子レベルで見つけられれば、何年も育つのを待たずに優れた素質を持っているかどうか判定できるようになる」と話す。

 ◆増えるCO2 有効な回収策なく、自然の吸収に注目

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が07年にまとめた第4次評価報告書によると、人間が化石燃料の燃焼やセメント製造の過程で出したCO2は、90年代で年間64億トン。うち22億トンが海洋で、10億トンが陸で、それぞれ吸収された。大気中のCO2を人間の手で回収する有効な技術はなく、森林や植物プランクトンなどの光合成に多くを頼っているのが現状だ。

 00〜05年には、人為起源の排出量は年72億トンに増加した。自然の吸収量は増えておらず、大気中に残るCO2は90年代の年32億トンから年41億トンになった。

 温暖化傾向を食い止めるには、いかに排出を抑えるかが重要だが、大幅な排出削減を一気に実現できる見通しはない。京都議定書に続く12年以降の対策の枠組み「ポスト京都」の国際交渉でも、森林の劣化をどう防ぐかなどCO2を固定する自然の役割が改めて注目されている。

■鉄散布による海への炭素固定
(1)植物プランクトンの生息に不可欠な鉄を散布
(2)植物プランクトンの増殖
(3)死骸やふんとして沈む
(4)炭素の固定
■人が1年間に出すCO2と自然界による吸収量
(IPCC第4次評価報告書から作製。00〜05年データに基づく)
化石燃料の燃焼による排出 72億トン
光合成など自然界の吸収
 海洋22
 植物や土壌
………………………………………………
31億トン

(2008年10月9日朝刊)