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【佳作】耳の奥に残る父の一言
崎村泰斗さん=医師(48)高知県宿毛市

 弟も妹も病弱だった。

 我が家は代々続く町医者の家系なので、次男坊の父も紆余曲折はあったけど同じ道に。

 祖父は重度の心臓病だった私の弟の検査データを見るなり、父にこう言った。

 「この子は多分、20歳まで生きられない。手術はやめておけ。体力が持たないだろう」

 祖父の診たては的中してしまう。

 弟は1カ月の入院後に、20歳で死んだ。

 女医の母は一心不乱に仕事に打ち込んだ。

 父は涙も見せずに診療を黙々とこなした。

 医学部6年生まで行った妹が、私の結婚式の数日前に突然死してしまった。

 今更ドタキャンも出来ずに誰にも知らせずに強行したが、死ぬ思いの作り笑顔だった。

 泣き腫らした顔で母が父に詰め寄る。

 「なんであなたは、涙も見せないの!?」と。

 そのときの父のつぶやきが、今も耳から離れないのだ。

 「ワシが泣けるか?」

 逆縁が相次ぎ、唯一残ったのが頼りない方の息子である。

 手放しで号泣したい。でも出来ない。

 家長としての責任を感じていたのだろうか。

 母は人前では気丈にふるまっていたけど、白衣を脱ぐと泣いてばかりだった。

 父は60代で過労死した。

 クモ膜下出血。あっけない最期だった。

 主治医を務めてくださった県下きっての名医にすがりつく。

 「先生。奇跡は起こりませんか!?」

 「あなたもプロでしょ。この凄惨な頭部CTを見れば、余命3日以内ってことはわかって頂けますね」

 無意識的に虚空に向かって聴診器を当てる動作をしている末期の父を見て泣けてきた。

 3人娘の父親になった今、思うことがある。

 「このうちの2人がいや1人でも死んだら、おれは親父のようにふるまえない」と。

 父の死後、遺品を整理していたら古い専門書がたくさん出ててきた。

 妹の病気や弟の心臓病のところには、何重にも赤線が引かれており、「親の心」が伝わってくる。

 次女は小学校6年生だが、「必ず女医になってこの小さな無床診療所を継ぐわ」と言う。

 父の死んだ阪神大震災の年の秋に、この娘は生まれた。

 「隔世遺伝」という言葉が真っ先に浮かんだ。

 「親父の生まれ変わりだ」と親戚は言う。

 無事に医師国家試験を突破したら、代々伝わる「秘伝の風邪薬の処方」を教え、両親の往診かばんと私の聴診器を渡してあげようと考えている。

 でもオヤジほど強い男じゃない私は、ボロボロ泣いてしまうに違いない。

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