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【佳作】 親子って面白い
中原香代子さん=主婦(56)宮崎市

 動物にまつわる思い出は尽きない。今にも死にそうなのら犬と一緒の布団に寝てたかと思えば、飼い猫がねずみを捕らないと言って口惜しがった。ある日、自らねずみを捕らえて放し学習させようとしたが、猫は学ぶどころか逃げ惑うばかり。風呂場の外で様子を伺っていた家族は、何より父の落胆ぶりを笑った。

 足も速く、運動会の父兄リレーでは毎年期待されて登場し「実の子なのに」とその違いがうらやましかった。また、教科書がないと思って探すと、父が教える前に真剣に勉強していたり、ラジオ体操の場所に先に行って待っていたりと、常に子供と関わってくれた。

 そんな父は警察官で、上司の勧めで見合い結婚した。父が買い物に出かけ店番の母の応対を見る、それがお見合いであった。式当日ちらっと見た横顔にホクロを見つけ、大勢の中でも見分けがつくと思ったそうだが、いかにも警察官の発想でおかしい。32歳の時だ。

 酔うと「おれが好きか」と聞いては、子供の前で恥ずかしがる母に何度も「はい」と言わせて満足げであった。父の晩年を驚くほど懸命に世話した母だが、妹出産後から心の病で長年にわたり入退院を繰り返した。母の入院した日の父は悲しそうで、実際母が元気にしている間が、わが家の平穏な期間であった。周囲にも「先に逝けない」と言ったが、母より14年先に76歳で亡くなった。

 亡くなる少し前のこと、手を取り何度呼びかけても全く反応がなかったのに、なんと一度だけしっかり握り返して来た。その握手は、今なお私に命のつながりを意識させ、苦境を乗り切れと背中を押す。

 字が書けるようになった頃、父が新しいタンスを買った。私は家族の数だけある引き出しに鉄筆で名前を入れた。おとうさん、おかあさん、にいちゃん、わたし、和子ちゃん。職場から帰った父は、誰が書いたかを聞いたが「わたし」と書きながら嘘をついた。怒られていたら、遠に忘れてしまっているだろうに。今では私の孫まで知るところとなり、心が痛む。

 ところが後の母の話で、生後医師から「あまり長生きできない子」と言われた事ことがあって、父は私をずっと怒れないでいたらしい。

 たった一度だけゲンコツをもらった。小3の夏休み、毎日習字を書く父との約束を守らず、墨をすったまま机で寝てしまっていた。高3の時は、進路のことでもめ、家出を試みた。と言っても、倉庫に隠れて、中にあった七輪を椅子にして考え込んでいただけの家出であったが、家中がざわめき父は「財布は持ってたか。」と聞くや、寝巻に下駄ばきで駅へと走った。かなりの時間が過ぎ、「いなかった」と家族に話すのが聞こえ、その声があまりに気の毒で外へ出た。「親子って面白い。おれも同じようなことをした」とポツリと言った。

 父にも何か心当たりがあったのだろうか。

 没後、日記に「香代子には世話になった。」と私の名があり救われた。

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