「もし、業平の若旦那。若旦那なほど苦労してはる方は他におりまへん。いつもオバハンにえらい目に合わされはて。」「おう、猫八か。分かってくれるのはおまえだけや」
夕食が始まる前、決まって父は猫と対話する。私がもの心ついた頃から、いつも家には猫がいた。猫たちにそれぞれ名前はあるのだが、父はどの猫も「猫八」と呼んだ。
切々と己の苦境を訴える父に、猫は最大限の賛辞とともに父をねぎらう。「在原業平」が「光源氏」になることもあった。むろん「業平の若旦那」も「猫八」の台詞も、父一人が受け持つ。夕食の支度に忙しいオバハンは、フフンと鼻先で笑っている。
大正2生まれ。由緒正しい家柄を誇る、金持ちのぼんぼんだった。生家は後に破産するのだが、一生ぼんぼんが抜けなかった。
「オバハンは何でも『高いんやで』と言うねん」若旦那は猫八にボヤいていた。
戦争中、武道史と剣道を教える教官だった。戦後しばらく、戦災孤児や、様々な事情で親と暮らせない子ども達が生活する学園の教師をしていた。その後は、ずっと青少年の育成活動に携わった。若い人が大好きだった。いや、本当は「青春」そのものを愛していたのかも知れない。
食べるに困る生活ではなかったが、過去の栄光とはあまりにかけ離れた様子に、良い話をもってきてくれる人もいた。ぼんぼんの毒気のなさから来る「人徳」というものだろう。もっと良いポスト、もっと良い生活……。
しかし、父はニベもなかった。この人には、父性というものが欠落しているのではないか。娘たちを、もうちょっとマシな家からヨメに出してやろうとは思わないのだろうか。その答えを知ったのは、ずっと後のことだった。戦争中、若い教官だった父は、多くの教え子を戦地に送った。この戦争は日本を守るためと信じ、自分も必ず後から行くと思っていた。終戦となり、たった一人の兄も、友人も、教え子も、多くの人が帰ってこなかった。みんなの後を追いたかったが、母親を残しては行けなかった。
父は「これからの自分は決して『人並みな幸福者』になってはいけない。結婚をし、家庭を持ち、安穏と暮らすようなことはあってはならない」と思った。しかしオバハンが現れ、「結婚」と「家庭」までは妥協したらしい。家だけは、最後まで借家住まいだった。
晩年、父はよく夢の話をした。夢の中に出てくるかつての友人や教え子達は、いつも白い歯を見せて、笑いながら自分に手を振ってくれる。「おうっ、貴様生きておったのか」と叫んで目が覚める。「俺はこんなに老いてしまったのに、みんな若い時のままや」
70歳を少し過ぎて父は逝った。「不器用なヤツやったな」と誰かがつぶやいた。
剣一途 律儀に生きし 花菖蒲
オバハンは一句詠んだ。