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【佳作】 写真が生きる力の源
白井智子さん=主婦(52)さいたま市

 51年前、この商売を始めた父の口癖は「写真屋ぐらい楽しい仕事はない。世の中で一番いい仕事だ」でした。そしてその通り仕事があればあるほどうれしそうでした。

 その父が脳梗塞で倒れたのは、71歳の時でした。右半身に軽い麻痺が残りましたが、大事には到らず、1カ月ほどで退院することができました。リハビリからの帰り、久しぶりに店に顔を出した父を出迎えたのは、壁いっぱいに飾られたたくさんの写真でした。これは毎年当店が参加している「気軽なフォトコンテスト」の上位入賞者の作品で、毎年3千枚を超える応募の中から選ばれた秀作ばかりです。子供達のかわいい笑顔、若者達の奇抜なショット、楽しい記念写真、プロ顔負けの風景など、そのたくさんの写真を見て、父は思ったそうです。「生きていて良かった。また写真の仕事ができる」

 写真にかける情熱が、麻痺の残る手足に活力を吹き込みました。翌日から、父はこのコンテストの上位作品をまとめて店独自の写真集作りを始めました。退院から3カ月後の12月、「この一枚の写真」と名づけられた写真集は完成しました。不自由だった手足もほぼ回復し、ひと安心をした矢先、新たな病気がみつかりました。胃がんでした。翌平成10年1月、父は胃と胆のうの摘出手術を受けました。一度退院したものの術後肺炎で再入院、桜並木の枝がほんのりと紅くなった頃、やせ細って、力のない足取りで、父は家へ帰ってきました。

 大手術による体力の衰えは、写真への情熱も奪っていきました。そして写真業界もカメラ付携帯電話の躍進を受けて、フィルムからデジタルへという大きな転換期を迎えていました。父は、自宅のパソコンに向かって、数字とにらみ合う毎日が続きました。

 パソコン相手の仕事は、ストレスをためるとともに、父の体重も増加させました。それが脚腰の負担となり、痛みを伴うようになりました。お医者様に相談すると「加齢によるもの」の一言でした。父は77歳でした。「医者が治せないと言うなら、自分で治してみせる」と父は鎌倉のお寺の写真を撮ることを思いたちました。仏さまの御利益にあずかろうということだったのかもしれません。

 早速、図書館から鎌倉に関する本を山ほど借りてきて、鎌倉のすべてのお寺の地図作りから始めました。交通手段の時刻はもちろん、名物のお店の情報まである綿密な撮影資料ができ、7月13日、父は第1回目の鎌倉撮影へ出かけて行きました。鎌倉行は1年半ほど続き、その写真のひとつひとつに自作の詩を添えた独自のスタイルの写真集を完成させたのは79歳の時でした。そしてこの写真集によって、銀座での個展開催という大きなご褒美までついてきました。もちろん脚の痛みも消えてなくなったのは言うまでもありません。あれから2年。81歳の父はあの写真集の解説書作りに、毎日精を出しています。

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