●最初の記事
朝日新聞は今年1月12日付朝刊で、00年12月に東京で市民団体が開いた「女性国際戦犯法廷」を素材にしたNHKの特集番組をめぐり、政治家が放送前日にNHK幹部を呼んで内容の偏りを指摘し、NHKが番組の内容を変えて放送していた、とする記事を掲載した。
番組はNHK教育テレビのETV2001「戦争をどう裁くか」(4夜シリーズ)の2回目「問われる戦時性暴力」で、01年1月30日夜、放送された。
記事では、放送前日の29日に当時の松尾武・放送総局長と国会担当の野島直樹・担当局長らNHK幹部が、中川昭一・現経産相、安倍晋三・現自民党幹事長代理に呼ばれ、議員会館などでそれぞれ面会した、と記述。中川、安倍両氏は「一方的な放送はするな」「公平で客観的な番組にするように」と求め、中川氏は「それができないならやめてしまえ」などと放送中止を求める発言もしたと紹介した。
さらに、「NHK幹部の一人」の言葉として、「教養番組で事前に呼び出されたのは初めて。圧力と感じた」と書いた。同日夕、松尾、野島両氏が参加して「異例の局長試写」が行われ、試写後、松尾氏らは天皇に責任があるとした民衆法廷の結論部分などを大幅にカットすることを求め、さらに放送当日夕には中国人元慰安婦の証言などのカットを指示。40分の短縮版が放送された、と報じた。
また、朝日新聞の取材に対し、中川氏がNHK幹部と面談したことを認めた上で、「やめてしまえ」という言葉について、「あれこれ直すと説明し、それでもやるというから『だめだ』と言った。まあそういう(放送中止の)意味だ」と説明したことを記述。安倍氏は「偏った報道と知り、NHKから話を聞いた。中立的な立場で報道されねばならず、反対側の意見も紹介しなければならないし、時間的配分も中立性が必要だと言った。政治的圧力をかけたこととは違う」と説明したことを紹介した。
●反論と批判
1月12日付の記事に対し、NHKは13日、関根昭義・放送総局長が「中川氏と(NHK側が)放送の前に面会したことはない」などと記事を否定する見解を発表した。14日には「事実を歪曲(わいきょく)している」として本社に抗議し、謝罪と釈明、訂正記事の掲載を求めた。
さらに19日、松尾氏が記者会見し、朝日新聞の記事に登場する「NHK幹部」は自分であると公表したうえで、「安倍氏とは会ったが、中川氏については『記憶が定かでない』と言ったにもかかわらず、両氏に会ったようにねじ曲げられて書かれた」と指摘。「政治的圧力」をめぐって、「私は繰り返し、感じていないと答えたが、記事はまったく逆の内容になっている」とした。
NHKはさらに21日、中川氏がNHK幹部と放送前日に会ったことや安倍氏がNHK幹部を呼びだした事実関係について、裏付けや根拠となる事実を確認したか、などと尋ねる18項目の質問状を本社に出した。
中川氏は12日に反論のコメントを出したのに続いて13日、訪問先のパリで記者会見し、「東京の事務所の総力を挙げて調べたところ、NHK関係者と番組の話をしたのは放送後だと分かった。だから、内容を変えろとか中止しろとか求めようもない」と述べた。21日には、代理人を通じて、本社の報道について「事実無根」などとして、本社に謝罪と訂正を求める通告書を送った。
安倍氏は12日に反論のコメントを発表。17日付で通知書を本社に送り、「NHK幹部を呼び付けた事実はなく、NHK幹部らに『偏った内容だ』と指摘して番組の内容の変更を指示した事実は全くない」と抗議し、謝罪と釈明、訂正記事の掲載を求めた。
●総括報告
朝日新聞は7月25日付朝刊で、「NHK番組改変問題 改めて報告します」として、1面と特集2ページを使って、番組改変問題の総括的な報告を行った。1月12日付の最初の記事につながった当時の取材内容や、半年間かけて行った追加取材も踏まえた「番組改変の経緯」を改めて詳細に検証する内容。同時に「NHKの見解」も掲載した。
「当時の取材」については、1月9日に記者2人が松尾氏を自宅で取材した内容を、一問一答形式で初めて詳細に報じた。取材に対し、松尾氏は、放送前日の01年1月29日に中川、安倍両議員に呼ばれたとの前提で、両氏から「一方的な報道はするな」などと指摘されたと説明。さらに、「呼ばれて行かないとものすごい圧力」を受け、「(NHK)予算を通さないという話になる」とも話した。ただ、「圧力とは感じる。しかし、それは一つの意見として聞く耳は持とうということ」とも述べていた。
また、両議員の取材内容も掲載。中川氏は1月10日午後電話で取材した内容を一問一答形式で再掲し、安倍氏については同日夕、同氏の自宅でインターホン越しに行った取材の内容を初めて一問一答で掲載した。
こうした当時の取材内容とともに、最初の報道後に焦点となった、(1)中川氏と松尾氏は放送前日面会したのか(2)中川、安倍氏は松尾氏を呼び出したのか――などの点について、追加取材も含めて報告。(1)については、中川氏は当初の取材では面会を認めたが、記事掲載後に否定。追加取材でも「確定的な情報」は得られなかったが、放送前に中川氏が騒いだのを知っており内容を修正した、とNHK幹部が発言していたという総務省関係者の新たな証言が得られたことなどを報じた。(2)については、当初、安倍氏らは「呼び出し」を前提にした質問にコメントしていたが、「直接的な事実を示す新たなデータはみつかっていない」などと報じた。
「番組改変の経緯」では、番組が放送された01年1月が、NHKの01年度予算案の国会審議を控えた時期と重なっていることをまず指摘。編集作業を番組制作会社からNHKが引き取った1月24日以降、(1)28日夜に本来の番組枠の「44分版」ができるまでの第1段階(2)松尾氏らNHK幹部が安倍氏らに面会し、「43分版」ができる29日の第2段階(3)実際に放送された「40分版」に短縮される30日の第3段階、に分けて動きを詳報した。
第2段階では、29日午後4時ごろ、松尾氏と国会担当の野島担当局長が官房副長官だった安倍氏を首相官邸に訪ねた。松尾氏らが番組について説明、安倍氏は慰安婦問題の難しさなど持論を語り、公平公正な番組にするべきだと述べた。松尾氏らが永田町から戻った午後5時半ごろから、NHK内で番組の試写が行われ、野島氏が「これでは全然だめだ」と発言、見直しが始まった。関係者によると、修正作業は野島氏とチーフプロデューサーの2人で行われ、女性国際戦犯法廷を支持する米カリフォルニア大準教授の話など約4分間を削り、法廷に批判的な日本大学の秦郁彦教授の話など約3分間を加えた43分版が完成した。
第3段階では、放送当日の30日午後4時ごろ、伊東律子・番組制作局長が海老沢勝二会長に面会し、海老沢氏が「いろいろ意見があるから、何しろ慎重にお願いしますよ」などと話した。伊東氏は松尾氏と相談。松尾氏が教養番組部長を呼び、「経営判断だ」などとしてさらに削りを指示。40分版が完成し、午後10時から放送された。
この総括報告では、一連の記事を担当した東京本社社会部の横井正彦部長の「取材の総括」も掲載。同部長は、(1)政治家の圧力による番組改変という構図はより明確になった(2)中川氏が放送前日に松尾氏らに会ったか、中川、安倍両氏が松尾氏らを「呼んだ」かどうかの2点については、「現時点では記事を訂正する必要はない」としながらも、「これらを直接裏付ける新たな文書や証言は得られておらず、真相がどうだったのか、十分に迫り切れていない。この点は率直に認め、教訓にしたい」と表明した。
■NHK番組改変報道をめぐる主な経緯
2005年1月9日(日)
【朝日新聞】 記者2人が松尾氏の自宅で約2時間、松尾氏に取材
1月10日(月)
【朝日新聞】 電話で中川氏に取材。記者2人がインターホン越しに安倍氏に取材
1月12日(水)
【朝日新聞】 最初の記事掲載。中川、安倍両氏が放送前日にNHK幹部を呼んで「偏った内容だ」などと指摘し、NHKはその後、番組内容を変えて放送した、と報道
【NHK、安倍・中川氏】 <安倍氏が「NHK側を呼びつけた事実は全くない」、中川氏が「政治的圧力をかけて(放送)中止を強制したものではない」とコメント>
1月13日(木)
【NHK、安倍・中川氏】 内部告発していた長井暁チーフプロデューサーが会見し、番組改変の指示について「政治家の圧力を背景にしたものだったことは間違いない」。関根昭義・放送総局長が朝日新聞の記事を否定する見解を発表
1月17日(月)
【NHK、安倍・中川氏】 <安倍氏が本社と長井氏に通知書。謝罪と訂正を求める>
1月18日(火)
【朝日新聞】 最初の記事の根拠となった取材内容などについて詳報
【NHK、安倍・中川氏】 松尾氏から記者に電話。この際、記者が再取材を提案したことを、後に「すりあわせ」と批判
1月19日(水)
【NHK、安倍・中川氏】 松尾氏が会見。朝日新聞の記事にあるNHK幹部は自分だと公表したうえで、「政治的圧力を感じていないと答えた」。関根放送総局長が政治家への番組内容の事前説明は「当然」との認識を示す
1月20日(木)
【朝日新聞】 元放送総局長が発言を翻す、と報道。元放送総局長を松尾氏と実名に
【NHK、安倍・中川氏】 午後7時のニュースで「朝日新聞虚偽報道問題」のテロップ。本社抗議後、外す
1月21日(金)
【朝日新聞】 本社会見。法的措置を前提にNHKに訂正と謝罪を求める
【NHK、安倍・中川氏】 本社に公開質問状 <中川氏が本社に通告書。「NHK側と会ったのは放送後」として、謝罪と訂正を求める>
7月25日(月)
【朝日新聞】 番組改変の経緯や取材・報道への指摘についての説明など、最初の記事から半年経たのを機に総括報告記事を掲載
<>内は安倍・中川氏の動き