朝日新聞紙面審議会

 朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)が、東京電力福島第一原発元所長の吉田昌郎(まさお)氏(故人)に対する政府事故調査・検証委員会の聴取結果書(吉田調書)をめぐる本紙の報道について見解をまとめた。11月25日、東京本社で開かれた本年度第3回紙面審議会では、吉田調書報道の問題について4人の委員から改めて意見や提言を聞いた。さらに朝日新聞は多様な意見を取り上げているか、女性に関する報道はどうか、についても議論した。

【2014年度第3回審議会】(1)吉田調書報道PRC見解

仮説、二重三重の検証必要――奥委員

 奥正之委員 PRCの調査や調査に基づく見解は、その論点、争点、疑問点をかなり広くカバーし、掘り下げたもので、結論においておおむね妥当な内容だと考える。その中で改めて次の点を確認しておきたい。

 真実をえぐり出す調査報道を進めて行くには仮説を立てて、それにこだわっていくのは必要な要素だろう。しかし、その仮説が正しいかどうかは他部門も含めた二重、三重の社内検証システムの構築が欠かせない。取材記者たちの過去の成功体験に基づく過剰な自信と、担当次長や部長、ゼネラルエディター(GE)らの記者に対する過剰な信頼という二つの「過信」があったとのPRCの指摘は、その通り。この点については、私は常日ごろ、部下に「成功体験は人を傲慢(ごうまん)にし、失敗体験は人を謙虚にする」と言い聞かせている。

 長典俊・GE兼編成局長 奥委員の指摘はまさにその通りで、反省しなければならない。過信はこれまでもあったように感じている。調査報道や大型企画について、掲載前に他部署にも見せて意見を出してもらう「輪読会」を始めたところだ。

本質は現場にあったはず――中島委員

 中島岳志委員 「アメリカのデモクラシー」を調査した19世紀フランスの思想家トクヴィルの仮説と検証を教訓にしたい。彼はある仮説を立てて米国の調査に入ったが、実際にはそうではなかった。自分の仮説が崩れたときの態度こそ、新しいものを生み出せるかどうかの岐路になる。彼は自ら立てた仮説を疑ったことで、本質に行き着くことができた。

 今回の吉田調書問題にも同じことが言えるだろう。吉田調書を読み込み、「命令違反」という仮説を立てた。しかし現場に行って所員に取材したら「命令は聞いていない」ことがわかる。そこにこそ、問題の本質があったのだと思う。現場は記者が立てた仮説以上に混乱が生じていた。記事は誤報というより、指摘不足だと思っている。

 長編成局長 トクヴィルの仮説については、取材の本質を改めて考えさせられた。現場へ行って話を聞いて、予想以上に現場が混乱を極めていたという臨場感を把握することができていなかった。きっちりと取材し、仮説を組み立て直して本質を見抜く作業が重要であるということを肝に銘じておきたい。

 奥委員 PRCの指摘に「担当次長は吉田調書を瞥見(べっけん)したが、専門用語が多く、分量もあったため、精読はせず、取材記者らが作成した抜粋と資料をもとに2人から説明を受けた」とあった。これには、少なからず驚いた。私は、ここぞという時には今でも現物を取り寄せて自分の目で確かめている。ミドルマネジメント層の真摯(しんし)な取り組み姿勢と、「現場・現物・現実」の「三現原則」に立つことの重要性が改めて浮き彫りになった。

 斎藤美奈子委員 見解が出たからそれに従って進めていきます、というのではなくて、もう少し議論を展開していった方がいいのでは。オピニオン面の耕論や声欄なども使って、もっと多様な意見を紹介してはどうか。PRCの見解だけを紹介した紙面は、検察側の陳述だけを見せられたようで、これでは社員が萎縮しないか。特定秘密保護法と同じように自由な表現活動に影響が出ないだろうか。

 長編成局長 私たちはPRCの意見を尊重すべき立場にあるが、それによって萎縮するのではなく、わきを固めながら前に進んでいきたい。PRCの見解は社内の各部署で読み込み、自分たちがどう考え、どう対処するかを話し合っている。そこからはいろいろな意見が出されており、それを集約して今後にどう生かすかを、考えていきたい。

 斎藤委員 人は絶対間違えるのだから、新聞記事だって間違えることもあるのだ、ということを前提にしたほうがいいと思う。間違えたことは抱え込むのではなく、「ごめんなさい、間違えました」を頻繁に出していって、読者にも理解してもらう。傷が大きくならないうちに対処することが、改善につながると思う。危ないから記事にするのはやめておこう、といって及び腰になるよりも、危険を冒してでも積極的に記事を書いていってほしい。

 西村陽一・取締役編集担当 間違いを極力なくす努力をするのは当然だが、仮に間違えた場合でも「訂正、おわびは恥だ」と躊躇(ちゅうちょ)する心理的なハードルを低くしたい。訂正の書き方と掲載の仕方、訂正を教訓として共有する方法について見直す議論をしており、近く実践する。PRC見解についても編集の各職場で討議している。「このままではこう読まれるよ」という「もう一言」をいろいろな部署が自由に言えるようにし、それが出稿側にフィードバックされるようにしたい、といった声が寄せられているが、まさにそんな空気と仕組みをつくりたい。

「報道と人権委員会」(PRC)と吉田調書報道

 PRCは朝日新聞社と朝日新聞出版の記事に関する取材・報道で、名誉毀損(きそん)などの人権侵害、信用毀損、記者倫理に触れる行為があったとして、寄せられた苦情のうち、解決が難しいケースを審理する常設の第三者機関。朝日側は調査結果の「見解」を尊重する、などと定めている。現在の委員は、早稲田大学教授(憲法)の長谷部恭男氏、元最高裁判事で弁護士の宮川光治氏、元NHK副会長で立命館大学客員教授の今井義典氏
 朝日新聞は当時政府が非公開としていた「吉田調書」を入手し、5月20日朝刊で「東電社員らの9割にあたる約650人が吉田所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退した」と報じた。しかし、9月11日、木村伊量(ただかず)社長が記者会見を開いて記事を取り消し、読者と東京電力の関係者に謝罪、報道について見解を示すようPRCに申し立てた。
 PRCは、「報道内容に重大な誤りがあった」「公正で正確な報道姿勢に欠けた」と判断。報道後も批判や疑問が拡大したにもかかわらず、危機感がないまま迅速に対応しなかった結果、朝日新聞社は信頼を失ったと結論づけた。本社が記事を取り消したことは「妥当」とした。

第23~24期紙面審議委員


     奥 正之 委員
 三井住友フィナンシャルグループ会長。44年生まれ。日本経済団体連合会副会長。国際部門の経験が豊富。全国銀行協会会長なども務めた。

 

     湯浅 誠 委員
 社会活動家。法政大学現代福祉学部教授。69年生まれ。08年末に「年越し派遣村」村長。09~12年、内閣府参与。08年「反貧困」で大佛次郎論壇賞。

 

     中島 岳志 委員
 北海道大学大学院法学研究科准教授。75年生まれ。専門は南アジア地域研究、日本思想史。05年「中村屋のボース」で大佛次郎論壇賞。

 

     斎藤 美奈子 委員
 文芸評論家。56年生まれ。編集者を経て94年、近代文学評論「妊娠小説」でデビュー。02年「文章読本さん江」で第1回小林秀雄賞受賞。