朝日新聞紙面審議会

 朝日新聞の紙面について読者の視点で意見を交わす本年度第3回紙面審議会が1月26日、東京本社で開かれた。昨年11月にパリで起きた同時多発テロや、消費増税に伴う軽減税率をめぐる報道などをテーマに、4人の委員と議論した。

【2015年度第3回審議会】(1)パリ同時多発テロ

「正論だが空論」どう越える――湯浅委員

 長典俊・ゼネラルエディター(GE) フランスのパリという大国、移民社会を舞台にした衝撃的な事件だ。次の点に留意して取り組んだ。事実関係をしっかり取材し、背景を分析することを前提に(1)多様な見方を示し、過激派組織「イスラム国」(IS)の実態に迫る(2)難民問題の動向に注目する(3)テロとの向き合い方はどう変化するのか。ポピュリズム、排外主義といった動きを注視する(4)緊急事態条項、共謀罪の是非が議論されていることを踏まえ、日本の対応を長期的に見ていく。

 中島岳志委員 テロリストにとって重要なのはメディアの存在だ。テロの事実はしっかり伝えなければならないが、テロリストの広告的役割を担わされてはならないし、過剰反応を引き起こしてもならない。そうした意味で今回の報道は適切で、特に社説は冷静だった。過剰反応をいさめようとする言葉が強調され(昨年11月15日)、「落ち着いた分析と対応」を求め、「『対テロ戦』をかかげて軍事偏重の戦略にひた走った米国のあと追いになってはならない」と主張した(11月20日)。
 IS支配地域への空爆は「英雄的殉教者」を生み、新たな追随者が現れるだろう。空爆に慎重だった英国が加勢すると「テロに立ち向かう団結の証しのように考えるのは誤りである」と断言した(12月6日)。高く評価したい。

 大野博人・論説主幹 中島委員ご指摘の通りで、それを意識して書いた。社会の分断を狙ったテロに対し、空爆や難民排斥という分断で応える悪循環を断つよう訴えた。空爆の報道は、それが解決につながるという印象を与えがちだが、実際、空爆でできることは限られる。長期的な展望のもとに、外交や政治的働きかけの何が必要かを考えたい。過剰反応をするなと言うと、「生ぬるい」という反論はあるが、そうした声にも説得的であるように努めたい。

 石合力・国際報道部長 中島委員のテロ報道への問題意識には同感だ。長年、中東報道に携わってきたが、フランス、米国、ロシアなどは、自分たちが対テロとして行っている軍事行動をテロとは言わない。その矛盾を、現場からどう報じていくかが課題だ。テロと書けば書くほど、一方が善、自動的に他方が悪となってしまう。テロとの闘いに正当性を与えるのは避けるべきだと考えてきた。

 湯浅誠委員 私の考えは「抑制的対応をすべきだ」が基本で、朝日の主張に賛同する。だが、もし東京で大規模テロが起きれば、報復を求める声は非常に強まるだろう。そんな中でも抑制的対応を実現させるためには、野球で言えば「右中間」の人たちにも朝日の主張を届ける必要があるが、朝日には「正論だが空論」というレッテルがついて回っており、そこに届いていない。その点「報復の連鎖 断てるか」(11月27日朝刊)で、東京外語大教授の伊勢崎賢治さんが「(空爆するのは)正当な民主主義国家だから」などと論じつつ、日本がアメリカと同列視されることに警鐘を鳴らしていたのは印象的だった。「右中間」の人が耳を傾けるような紙面展開が必要だ。

 大野論説主幹 「いまやるべきことは何か」という点で、伊勢崎さんの主張には何の違和感もない。湯浅委員のご指摘は、「右中間」の人に対して、どれだけ説得力を持つ言説のつむぎ方ができるかを考えてほしいということだと受け止めた。

 小沢秀行・オピニオン編集長代理 事件直後に識者3人の見方を伝えたが、次の段階では、もっと俯瞰(ふかん)した視点を示したかった。「報復の連鎖」は断ちたいが、簡単ではないという現実も指摘すべきだと考えた。オピニオン面では、「右中間」を狙ってというわけでもないが、安保法制に賛成の論者も起用するなど、常に意識して様々な意見を紹介するよう努めている。

 斎藤美奈子委員 大野主幹は「生ぬるい」ことへの批判に言及されたが、私は「生ぬるさ」だからこその、「強さ」があると思う。朝日にはその強さを押し通してほしい。

 石合国際報道部長 平和主義の理念だけで対抗するのでは空虚になってしまう。現実に力による正義が効果的なのかという問いを立てて報じていくと、実態とその限界が見えてくる。そうすることで、説得力ある対抗軸ができると考える。

ひと事でない独自の見方で――鈴木委員

 鈴木幸一委員 「遠い国」のできごとを、記者も識者も遠くから見ているだけの「ひとごと」感があった。事実を追ったり、空爆の是非を論じたりするだけでなく、日本のメディアとして独自の切り口がほしい。例えば原油価格の下落だ。シェールガスを産出する米国の力が強まっている一方、サウジアラビアには経済破綻(はたん)の恐れがある。シリア空爆に踏み切ったロシアは米国との連携を探らないと生きていけない経済状況だ。そういった大きな構図もほしい。

 石合国際報道部長 現場からの報道の一方、大国の利害、エネルギー事情、日本からは見えにくいイスラエルの安全保障に関する米国の関与なども意識したい。IS支配の実態にも肉薄していきたい。

 斎藤委員 レバノンのベイルートで45人が亡くなるテロが11月12日にあったが、朝日はベタ扱い。パリの事件と比べてあまりに報道の差が大きかった。

 石合国際報道部長 ベイルートは紛争地域で、テロが日常化している。起きたのはパリ事件の前日でもあった。確かに初報が小さかったと後では思ったが、それが現実のニュース感覚だと思う。発生1カ月後、「忘れられたテロ」(12月12日朝刊)で、自身の身を犠牲にして自爆犯を制止した男性の遺族の思いなどを改めて詳報した。

<キーワード>■パリ同時多発テロ
15年11月13日夜、パリ中心部のコンサートホールやレストラン、近郊のサッカー場などが自動小銃などで武装した集団に襲撃された。市民ら130人が死亡し、多数が負傷した。過激派組織「イスラム国」(IS)が、フランスのシリア空爆への報復だとする犯行声明を出した。  実行犯はおもにISに傾倒したフランス人やベルギー人だったことが判明している。事件を受け、フランスは非常事態を宣言、シリアやイラクでのIS空爆を強化した。

第23~24期紙面審議委員


     鈴木 幸一 委員
 インターネットイニシアティブ会長。46年生まれ。日本におけるネット社会の基盤を創った先駆者。東京・上野で毎春、音楽祭を主宰している。

 

     湯浅 誠 委員
 社会活動家。法政大学現代福祉学部教授。69年生まれ。08年末に「年越し派遣村」村長。09~12年、内閣府参与。08年「反貧困」で大佛次郎論壇賞。

 

     斎藤 美奈子 委員
 文芸評論家。56年生まれ。編集者を経て94年、近代文学評論「妊娠小説」でデビュー。02年「文章読本さん江」で第1回小林秀雄賞受賞。

 

     中島 岳志 委員
 北海道大学大学院法学研究科准教授。75年生まれ。専門は南アジア地域研究、日本思想史。05年「中村屋のボース」で大佛次郎論壇賞。