朝日・ベネッセ共催シンポジウム「教育格差をどうする」
2008年9月27日(土)有楽町朝日ホール
【質疑応答】
格差を子どもにどう伝えていくのか
【氏岡】 では、石坂さん、先ほどのご発言の中で、行政が縛りを強めているのではないかといったご発言もありましたが、参加証のご質問の中には、全国学力テストとか、学校選択制とか、学校評価とか、教育評価が市場原理を教育に持ち込んでいる例として挙げてくださっています。そういった教育改革そのものについて、石坂さんはどのようにお考えでしょうか。
【石坂】 教育専門ではないんですが、私、教育改革以前に、まずそれよりももっとすごくショックで、打撃で、ほんとうは大騒ぎしなきゃいけないんじゃなかったかと思うのは、教育基本法を変えられたときなんですね。あのときに、やっぱり国側のすごく嫌な、こういう子どもを理想形としてつくりたいという思惑が、ほんとうに露骨に出てきたなと思っていたんです。そちらのほうがよほど大ごとで、それを抜きにして、表面的なところとか、数字的な学力的なところで、先に騒ぐ気にはあんまりならなかったんですね。
石坂 啓氏私はゆとり大歓迎だったんです、実は。うちの子ども、小学校へ入ったときは、土曜日は授業がありましたね。それから1週飛びにお休みになって、それから土曜日がお休みになって、私は楽ちんで楽しかったですね。
というのは、大人も、これ、私、自戒を込めてなんですが、やっぱり子どもの勉強というのを、ほんとうに目に見える形で数字に置きかえて、大人に分かりやすい言葉でどれくらい成長しているのかをすごく測りたがるんです。私、漫画家で、漫画の仕事をしているんですね。じゃ漫画の仕事をしている時って、端から見たらほんとうに何も生産していない、何も勉強していない、ボサッとしているように見えると思うんです。でも、そのボサッと、頭の中で考えている時間がどうしても要るんです。言語化能力がなくて漫画を描いているところがあるんですね。
例えば、次の漫画はどうなるんだ、ちょっと説明してみろと言われる時に、自分の中ではイメージがあるんです。ラストシーンがこんな感じで、こんな感じのせりふを決めに使って、余韻がこうやってあるといいなと思っている。それを言語化して編集者に伝えようとすると、言語化すればするほどに、もうどんどん陳腐なものになるんです。次がここまでで、こういうふうで、その次のストーリーがこういうふうでって。そうすると、編集者は言葉がある人ですから、「それは前回こういうふうだったから、伏線がこうあって、こうやってコマを取ると効果的ですね」と言ってくれると、それそれと思うんです。じゃ編集者がおもしろい漫画を描くかといったら、それは別の作業なんですね。私は言語化能力がないので、最終的に漫画という形で描いて、これで表現ができて、気が済んでいるんですが、みんなが使っている同じ言葉を使ったり、同じ形で、同じ速度でものを考えることが何か意味があるかというと、やっぱり全然違うだろうと思うんです。最終的に表現をする、ここからここまで持ってくるというのは、これはやっぱり自分にしかできないだろうなという感じがするんです。
だから、土曜日に子どもが意味もなくだらだらしている、端から見たら、何か仕事をさせたり、分かりやすい形で勉強をさせたり、有意義な音楽を聞かせたりする方が意味がありそうに見えるかもしれないんですが、強要してはいけない。子どもが持っている、これからどういう形になって出てくるかわからない時間であったり、空間であったり、それは必要だろうなと思うんですね。
だから、教育改革、目に見える形の成果を急いでいたのは大人の側であって、どういう形で子どもにとってプラスとして根っこをつくったかどうかは、まだ時間がかかっただろうなと思うんですね。だから、大人中心で事をせくよりも、子どもの側に沿って見てあげてほしかったなという気がするんですが。ちょっと路線が変わっちゃったかな。
【氏岡】 いえいえ。
【氏岡】 それから、参加証でいただいたご質問の、もう1つの大きなグループは、現場の管理職の先生、または現場の教員の方々のご質問です。じゃ具体的にどうするのかというのを日々教室で問われている方々だと思うのですが、幾つか読ませていただきます。端的に言えば、親をどう変えるのか、子どもをどう変えるのかという話です。
「民主主義を教える現場で、将来を考えさせる根幹が格差で難しくなっている。子どもたちに社会人としての将来をどう教えたらいいのか、アイデアを伝えてほしい。これは格差を子どもにどう伝えていくのか」というご質問です。
もう一方は、「公立高校の管理職1年目です。欠損家庭や経済的に余裕のない家庭の生徒が大変多い学校です。子どもの教育にかける費用はもちろん、時間もないという家庭も多くなりますが、親の意識を変えるのはどうすればいいんですか。親と子どもにどのように働きかけていけばいいのか」という大変切実なご質問だと思うのですが、いかがでしょうか。藤原さん、お願いします。
【藤原】 あんまり極論するといけないのかもしれませんが、思い切って言っちゃいましょうかね。和田中の5年間を見ていても、全体のうち3割ぐらいは、もう家庭での学習フォローは効かない、効いていない感じですね。そのうち1割ぐらいは、もう完全にお手上げ、ほとんど構っていないという感じですよね。この3割もしくは1割の親の意識を変えるというのは、私は不可能だろうと思います。それより、その子の意識を変えて、その子を早く大人にしてあげるという、そういう救い方のほうが、正しいとは言いませんが、もうそれ以外に学校の先生にできることはないのではないかな。
藤原和博氏私も、ほんとうにとんでもない方々とも付き合いました。個別に言えば、これで1時間半の講演になっちゃいますし、とても記事には出せないような話になっちゃう(笑い)。
「よのなか科」の授業、これは子どもたちを大人にする授業です。大人として扱って、1つ例を挙げれば、「赤ちゃんポスト」の問題。この「赤ちゃんポスト」の問題をどう考えるかですね。捨て子が現実にあるんだから、ああいうものは増やすべきだと考えるのか、それとも、ああいうものができると捨て子がもっと増えるんじゃないか、もっと安易に子どもを捨てるんじゃないかと考えるか。正解は1つではないですね。これを地域の大人の人と子どもたちとで一緒に考える。6人ぐらいのチームで討議して、それをプレゼンし合うということをずっと繰り返す。これは、子どもを大人にする1つの手法だと思います。
今度、大阪で最も厳しい地区と言われていますあいりん地区、釜ケ埼と言われているところを含む学校区を持つ西成高校に私が行って、「よのなか科」の授業をするんです。そこで、「よのなか科」の授業、ホームレスをテーマとする授業をするんですが、既に道徳とか総合の授業で、格差だったり、ストリートチルドレンだったり、あるいは未婚の母だったり、そういうタブーになりがちなテーマを真正面から取り上げて、それを議論しているようです。そういうことを見せないようにするんじゃなくて、現実に子どもたちが住んでいる世界にたくさんあるわけですから、それにふたをするんじゃなくて、一々取り上げて、議論する。それによって大人と子どもが一緒になって考えるという授業をずっとやっている先生がいるんですね。その先生とチームティーチングでやるんです。
私は、学校でできることというのは、まず、とにかく授業だと思うので、ぜひ、そういう授業もやってみてください。普通だったらタブーにしちゃうような問題を取り上げて、格差の問題も貧困の問題もみんなで議論する。そのときに子どもたちだけで議論させないで、ぜひ地域の人たち、あるいは別の学校の先生でも大学生でも呼んで、できたら6人ぐらいの生徒に1人から4人ぐらいの大人を混ぜて、議論を続ける。ただ単に意見を言わせるんじゃなくて、まず書かせてから意見を言わせて、さらに、自分の意見を言った後に人の意見を聞いて自分の意見を進化させる。進化させた意見をまた書きとめさせる。これを繰り返すんです。校長みずからやるのが一番効くんですよ。お願いします。
【氏岡】 ありがとうございました。

