朝日・ベネッセ共催シンポジウム「教育格差をどうする」


2008年9月27日(土)有楽町朝日ホール

【質疑応答】
格差の多様化にどう対処するか

【氏岡】  ここで、会場からもご質問を募りたいと思います。参加証で書いていただいた方でご紹介できなかった方も含めて、ご質問のある方はお名前と、差し支えなければお仕事、ご所属をおっしゃってください。そして、パネリストのどなたあての質問かをはっきりとおっしゃってご質問ください。限られた時間なので、たくさんの方にご質問いただきたいと思いますので、できるだけ簡潔に質問をお寄せいただけたらと思います。

 では、最初に手を挙げるのはなかなか難しいかもしれませんが、どなたからでも口火を切っていただければと思います。マイクを持ってあがります。どうぞ。

【質問者A】  非常にためになるパネルディスカッション、ありがとうございました。私、オオギヤトラヒコといいます。元大学教員をやっていまして、ちょっと病気を患ったために職場を離れていますが、最近は復活してきて、またこういう会にも顔を出したく思って今日は来ました。

会場全景

 まず、「教育格差をどうする」というシンポジウムのタイトルだということで伺ったんですが――僕、読売新聞とか小学館とかの回し者じゃないですよ――今回、パネリストの方々のお話の中で、格差という言葉を扱うときに、大方、2つの流れがあったと思うんですね。すみません、簡潔にいかなくて申しわけないです。

 1つは縦、1つは横の広がり。差と言ったらいいですかね。恐らく、耳塚先生とかが語られていたのは、多くは縦の差ですね。いわゆる所得の問題、あるいは将来的な地位とか職業柄の立場、そういったものに影響してくるような差のことを格差とおっしゃっていたと思います。もう1つ、藤原先生や石坂先生のお話の中では、どちらかというと横の広がり、差ですね。氏岡さんもまとめられましたけど、多様性、多様化という言葉。格差というより多様化という言葉で表したと思うんですが、多様化が広がると格差も広がらざるを得ない、また逆もその通りというような状況が、今、あると思うんです。

 1つの見方として、多様化することは受け入れるけれども、いわゆる縦の格差が広がることは受け入れられないというのが、正直なところの感覚的な印象だと思うんですね。ただし、今の日本の制度では、どうやっても多様化は許して格差は広げないということに歯止めをかけるのは難しい状況だと。それというのは、結局、価値基準をはかる手段として、最終的に、ぶっちゃけた話、汚い言葉ですけど、お金というものでしか測る感覚を身につけてない社会だと思うんですね。いわゆる消費社会ということですね。

 神戸女子大の内田樹先生の『下流志向』という、昨年の本ですかね。この中で、生まれた時から子どもというのは消費という主体を持って生まれて社会に飛び出すので、労働を主体とした考えに至らないということなんですが、質問したかったのは、先生方が最終的に、今やるべきこととして、実際、具体的にできることというのは何なのかと。

 藤原先生に関しては、短・中期的な見方として、現代の価値観に即した対応として和田中学校でやられてきている活動があると思います。ただ、その過程の先に、長期的にどういう変化を具体的にできると考えておられるのか、あるいは目指しておられるのか。というのが藤原先生に対する質問です。

 逆に、耳塚先生に対しては、長期的な見方として、いわゆる所得によらず子どもたちに教育の場、機会を与えるというような格差をなくしていくには、具体的にどういう手段が考えられるのか。

 石坂先生の場合には、具体的に大人が変わらなきゃいけないというようなことをおっしゃっておりました。あるいは見本となる大人をどんどん子どもたちに見せるべきだとおっしゃっていましたが、大方、大人だって子どもと基本的に心の部分は変わるところがないんだというのが現実だと思うんですが、そういったことを教えていく方法としてどんなことができるのか。その辺を具体的に、簡単な言葉でお答えいただけたらと思います。すみません、質問が長いくせに簡単にと。

【氏岡】  パネリストも簡潔にというリクエストが出ましたが、なかなか簡潔にはいかないんじゃないかと思いますが。じゃあ、石坂さん、お願いします。

【石坂】  私は1行で。手塚治虫を読むといいですよ。あれ、子どもも結構入れますから共有できますし、いろいろな示唆があるし、楽しめるし、いい時間が取れると思いますし、間違いないと思います、読んでいれば。

【氏岡】  じゃあ、藤原さん。お願いします。

藤原和博氏

【藤原】  先生が生徒に対して学力をつけてあげる、あるいは体力をつけてあげるでもいいんですが、その「ストライクゾーン」というのは、成績でいいますとこういう感じになるんです。5段階評価でいうと、大体、3の子を4にというのが一番意識が向きます。次が1、2の子を3にしたい。そういうできない子がかわいいんですね。当然です。私はビジネスの世界から来たので、できるやつと組まないと即サドンデスの、強いものとだけ付き合った感があるんですが、学校の世界に入った途端に、2週間でリハビリ完了しまして、できない子がかわいくなりました(笑い)。その次が、4の子を5にぐらいの感じなんです。学校の先生の「ストライクゾーン」というのは、そのように真ん中辺にある。これは、悪口で言っているわけじゃなくて、むしろそこにもっと集中すべきだと思うんです。

 これだけ多様化が起こっちゃって、それから上下の差が起こったときに、「ストライクゾーン」を先生たちには集中して担当してもらって。そこからこぼれるところ、上の、例えば4、5のやつを6に引っ張り上げること、それから1の子の中でも、さっき私が言ったような、例えば数学ができない子の中に算数ができない子がいる、これをどうフォローするかみたいな話ですね。あるいは、軽度発達障害の子の中でも、とても先生が個別にフォローできかねる子もいる。そういうところは地域の力でこれをフォローする。学校の先生ではなくて、例えば塾の先生だったり大学の先生だったり、あるいは地域の団塊の世代の人だったり、PTAのOB・OGだったり、学生だったりしていい。

 そういうネットワーク型の学校経営をするということは、決して短期的な解決ではなくて、これは、そのまま公立学校の未来の姿だと思っています。和田中に、もう未来の姿があるんですよ。これをもっと正視してもらいたい。実際にそうでなければ、先生たちはますます孤立して、さらに複雑化する保護者の要求に、これ以上応えられないと私は思います。

 だから、ネットワーク型の学校経営に移行するということが私の解決の手法ですし、そのためには、やっぱり校長がネットワークという感覚、外の資源も遠慮なく使うということを遠慮なくやるような、新しいタイプの校長になる必要があります。

 最後にもう1つだけ言いますが、一番底辺部にどういう子がいるかというと、例えば、小学校のときにホームレスの親に引き回されて、1、2年生は学校に行ってないなんていう子がいるわけです。あるいは、外国人のお母さんで、キレると包丁を出すような。あるいはそのお母さんが、例えば受験の一番大事な3年生のときに、勝手にぶりぶり怒って実家へ帰っちゃう、本国に帰っちゃっていつ帰ってくるかわからないみたいな。こういう人たちと先生たちは日々戦っているんですよ。そういう最底辺のところについては、もう格差どころの騒ぎじゃないんです。この人たちをどう救うかというのは、学校の先生に任せていたら無理。

 耳塚先生もおっしゃいましたが、私はソーシャルワーカーの出番だと思っています。これは教育だけの問題じゃ、まず解決しません。医療、特に精神科とのネットワークは欠かせません。それからあと福祉。だから、教育・医療・福祉をまたにかけて活動できるソーシャルワーカーを大量に排出して、これを育て、できたら中学校1校に1人の配置が必要でしょうね。カウンセラーでは解決できない。この体制はフィンランドが取っています、参考までに。

【氏岡】  ありがとうございます。耳塚先生。

【耳塚】  私も、もう既に申し上げたことですが、まとめて言うと6点主張したと思います。

 1つは、やはり所得格差の緩和とか雇用政策の問題ですね。これは学校の外の問題です。

 2つ目が、今、藤原先生がご指摘になったまさにそのこと。家庭を支援するスクールソーシャルワーカーのような、新しいタイプの専門職というのが不可欠になってきているであろうということです。

 教育の世界の中では教育行政の仕事、それから地域の教育構造の問題、それから学校現場の問題という、3つを指摘しました。最後の学校現場の指導のあり方については、例えば和田中方式などというのが有力な候補としてあるんだろうと考えております。

 一番最後が、これはいわゆる意識変革を求めるほかない部分でありまして、「教育投資家族」に、自分たちのことだけを考えずに、他の人々のことも考える想像力を、どうしても持ってもらう必要があるということです。

【氏岡】  ありがとうございました。